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【小学館の名作文芸朗読】

二人の中学生が、橋の欄干にもたれながら川の流れに目を落としていた。映画で夜更かししたAと、偶然すれ違ったBは、定刻を一分でも過ぎれば門が閉ざされる厳格な学校から締め出されてしまったのだ。仕方なく散歩をすることにした二人は、須田町を抜け、人波の間を縫って進む。初めて体験する“平日の街”は彼らの心を躍らせた。

【小学館の名作文芸朗読】

猫のブチ子は鼠を捕ることもなく、むしろ泥棒猫として近所から嫌われていたが、愛嬌を振りまくのが上手く、家の人には可愛がられていた。そこへ家の赤犬が通りかかり挨拶をするが、ブチ子は取り合わず見下したような態度をとる。翌日、犬が再び見ると、今度はブチ子は畳を引っかいている。言い訳をするブチ子に対し犬は不信感を深めていく。

【小学館の名作文芸朗読】

上野の博覧会で毎日軽気球に乗る「私」と、同じく毎日気球に乗りに来る西洋人との不思議な交流を描く。彼──ミハエルは、風船の上から双眼鏡で何かを必死に探している。来る日も来る日も双眼鏡を覗く姿に、「私」は彼が軍事探偵ではないかと疑うようになるのだが……。

【小学館の名作文芸朗読】

ある田舎の街道で、おじいさんは毎日、チャルメラを吹いて子供達を呼び集めて飴を売ると、屋台の傍らに立って、面白い節で唄を歌っていた。ある日、おじいさんがチャルメラを吹くと、いつも自分が笛を吹いた後で歌う唄を、すぐ側で歌うカラスがいた。カラスが次第に馴れてくると、おじいさんはカラスに唄わせれば飴が売れると考え、カラスを連れて町へ飴を売りに行く。

【小学館の名作文芸朗読】

戦火を逃れ、東京から津軽の生家に戻った「私」は、病を抱えつつ政治活動に励む兄のもとで居候の身となる。静かな日々の中、兄は庭の草むしりを始め、庭木の手入れの話から、いつしか千利休と秀吉の話へ。兄の語りは熱を帯びていたが、聞く私は反発と敬意の間で揺れていた。

【小学館の名作文芸朗読】

不景気な村で暮らす仙太は、妻に隠れて大切な納税用の五円札を握りしめ、「今日は山だ！」と唐鍬を担いで家を出る。実は競馬場へ向かうのだ。村人たちは地道な農作業では小遣い銭も稼げず、一攫千金を夢見て馬券に熱中していた。一枚の馬券がたった五分間で五円も十円も稼いでくれる―そんな誘惑に村全体が疫病のように取り憑かれている。

【小学館の名作文芸朗読】

ある朝、夫を見送った小夜子のもとに、一通の奇妙な手紙が届く。差出人の名もなく、ただ「牛込区富久町」とだけ書かれた封書。中には、「九年前、小夜子の夫との間に子をもうけた」と語る“花”という元小間使からの、切実で長い告白が綴られていた。彼女は、嫡男として育てられている達也と、自らの子・松吉をすり替えたのだという――。

【小学館の名作文芸朗読】

吉田は激しい咳と高熱に見舞われ、次第に身体の力を奪われていく。咳すらできないほどに衰弱し、呼吸は浅く、眠ることもままならない。夜になると、理由のわからない不安がじわじわと胸を満たし、孤独のなかで声にならない助けを求め続ける。母が隣室にいるにもかかわらず、その距離を越えて自分の苦しみを伝えることができない。

【小学館の名作文芸朗読】

嵐の中、一羽の小鳥が群れからはぐれ、吹き荒れる風雨に翻弄されながら空をさまよい続けている。やがて雲が途切れたとき、小鳥が見たものは自分の真下一面に広がる海だった。翼を休める場所もなく絶望に包まれたが、それでも最後の力を振り絞って飛び続けると、遠くに一筋の明るい光を発見した──。

【小学館の名作文芸朗読】

争議団（労働組合）と対立する職長利平は、争議団員に頭を割られ、自宅で療養をしていた。妻のお初は争議団を恐れ、親類の家へ避難するよう勧めるが、利平は会社の信任を負う職長として逃げることを拒否する。利平は争議団員の川村について思いを巡らせる。かつて自分が親切にしていた子飼いの弟子が、今や自分に反旗を翻し頭を割るまでに至ったのである。

【小学館の名作文芸朗読】

ある春の夕方、南蛮寺の庭を歩いていたオルガンティノは、言いようのない不安に襲われる。そしてデウスへの祈祷の最中に失心し、岩屋の戸らしい一枚岩や、桶の上で踊り狂う女などの幻を見る。翌日も寺の庭を歩いていると、頸に玉を巻いた老人が現れ、天主教を広めに来ることは悪い事ではないが、デウスも最後には負けると告げる。

【小学館の名作文芸朗読】

近所の人に「今朝は、お早いですね」と言われて、自分がいかに寝坊だったかを改めて思い知らされた。実際、僕の一日は昼頃から始まり、夜になってから原稿の仕事をする梟のような生活を続けてきた。娘のミミコと女房と三人、友人の家の一室で暮らす詩人の生活。夜中まで仕事をして明け方に眠る毎日で、うなされる癖もある。そんなある朝、「どろぼうだって」とミミコに起こされ―。

【小学館の名作文芸朗読】

はるか北の島では、冬が近づくと人々は南へ向けて旅立つ準備を始める。その別れの晩、小屋に集まった男女は食卓を囲み、歌い、にぎやかに踊る。窓の外では、孤独な一匹の狐がその様子をじっと眺めていた。「人間は、ああして楽しそうに暮らしているのに……」――狐は、彼らのように踊ってみたいという、ふとした願いを抱く。

【小学館の名作文芸朗読】

山中貞雄への追悼文。出征し戦死した映画監督・山中貞雄との交流と彼の人となりが綴られる。平安神宮での出征式の様子、入営後の面会、そして戦死の報に接した驚きから始まる。筆者は茶話会の席で初めて山中と出会うが、その時は彼の作品も名声も知らなかった。後に山中の作品を見るようになるが、その才気に満ちた作品よりも、人間としての山中の方に魅力を感じていたと述懐する。

【小学館の名作文芸朗読】

老工夫は休息を欲していた。もう何も刺激はいらないし、大した欲望もない。このトンネルの電燈が自分であったら、どんなに幸福であろうと思っている。刹那、彼は子供の時分の、あの日のことを思い出す。再び帰ることのない生活と自由を、彼は慕った。せめて昔のような、子供に戻れないものなら、この電燈のように、世間の煩わしさから離れて静かにしていたいと空想する。

【小学館の名作文芸朗読】

中国文学研究会編集の「春桃」という本との出会いを通じて中国文学の特質を考察したエッセイ。情報局や出版会が良書を追放していた時代、宮本は偶然「春桃」という本を神明町の本屋で見つける。この本は支那現代文学叢書として1939年に出版され、落華生「春桃」など七篇の作品が収められていた。

【小学館の名作文芸朗読】

賴光が大江山の鬼を退治してから後、今度は京都の羅生門に鬼が出るという噂が立った。賴光の屋敷で平井保昌と四天王達は酒を飲んでいたが、綱が一人でその鬼を退治に行くことになる。真っ暗な中、馬に乗って羅生門の前で待っていると、愛宕山の茨木童子と名乗る鬼が現れる。鬼は綱の襟首をもって空に引き上げたが、綱は刀を抜いて鬼の腕を切り落とす。

【小学館の名作文芸朗読】

気象学的現象である「凍雨（freezing rain）」および「雨氷（glaze）」についての科学的考察と観察記録。大気中の水蒸気が凍結して地上に降るものを総称して降水と言う。雨や雪は誰でも知っているが、稀有な降水の種類として挙げられるのが「凍雨」と「雨氷」である。

【小学館の名作文芸朗読】

季節が寒くなり始め、義雄の母親は綿入れの仕事に精を出していた。ある晩、母親はなかなか針に糸を通せなかったので、義雄に糸を通してほしいと頼んだ。義雄は母親が老いたことを感じて悲しくなるが、母親は「もうおばあさんなんですよ」と答える。それを聞くと義雄はますます悲しくなり、目の端に涙を浮かべた。ふと庭に目をやると、赤い実が目に入った。

【小学館の名作文芸朗読】

小さな仕立屋さんがジャムの香りに包まれながら仕事をしていたとき、パンの上にハエがわらわらと集まってきた。布きれで思い切り叩いてみると、七匹も仕留めていたではないか。仕立て屋は自分のいさましさを自慢に思い、「ひと打ちで七つ」と刺繍した帯を作って腰に巻く。そして町だけでなく世界にその武勇を知らしめようと、仕立屋さんは誇らしげに旅へ出発する。