エピソード

  • EP. 665『@お醬油 、其ノ一 - 醤油、オランダに渡る』
    2026/08/10

    もうすぐお昼ですね。今日はうどんを食べようという方も多いかもしれません。そこで注目したいのがお醤油です。実はヨーロッパに初めて伝わった醤油は、江戸時代に長崎・出島からオランダへ運ばれたものといわれています。その当時の醤油を再現した「コンプラ醤油」も販売されています。一方、長崎県西海市の離島・江島では、今も昔ながらの手作り醤油づくりが受け継がれています。大豆と小麦を使い、もろみを100日かけて育て、さらに約10か月熟成させるという、とても手間ひまのかかる製法です。甘みとコクのあるこの醤油は、あごだしでいただく五島うどんと相性抜群。今日のランチは、そんな長崎の味に思いをはせながら、うどんを味わってみるのもいいですね。

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  • EP. 664『@結城 、其ノ四 - お醤油造りと風月堂』
    2026/08/06

    結城紬の産地を訪れると、着物は日本人の所作や美意識を育んできたものだと感じます。帯を締めれば自然と背筋が伸び、歩き方や立ち居振る舞いにも気を配るようになります。結城には、天保の改革を進めた水野忠邦の墓もあります。厳しい倹約令で知られる一方、母は江戸・京橋の老舗菓子店「風月堂」の出身という意外な縁も残されています。さらに結城には、二百年以上続く醤油蔵「小田屋」があり、蔵に棲み続ける微生物の力で二〜三年かけて熟成させる醤油づくりが受け継がれています。看板商品の大吟醸醤油を中トロに合わせると、その深い旨みを存分に味わうことができました。東京からおよそ一時間半。結城を訪ね、歴史や食文化に触れながら醤油を持ち帰り、自宅で寿司を握って味わえば、店とはまた違った楽しみ方が広がります。

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  • EP. 663『@結城 、其ノ三 - 蕪村の里というおうどん』
    2026/08/05

    結城は結城紬で知られる町ですが、その着物を守ってきた桐箪笥の文化も欠かせません。群馬県桐生から結城にかけては桐の産地で、地名にもその歴史が残されています。一方、結城は四百年にわたり乾麺づくりが受け継がれてきた土地でもあります。俳人・与謝蕪村は十年ほど結城に暮らし、「狐火や五助新田の麦の雨」の句を詠みました。広々とした田園に広がる麦畑の風景は、乾麺づくりの営みとも重なります。「蕪村の里」といううどんを味わいながら、俳句を語り、人が集い、農業や食文化を育んできた時間に思いを巡らせると、結城紬と桐、麦と乾麺。それぞれの文化が結びつき、この土地ならではの歴史が感じられます。

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  • EP. 662『@結城 、其ノ二 - 大豆の形と繭の形』
    2026/08/04

    結城は鬼怒川と田川に育まれた水の豊かな町です。鬼怒川は、絹づくりを支える川として「絹川」とも呼ばれたと伝えられています。蚕は桑の葉を食べ続け、やがて約1500メートルもの糸を吐いて繭を作ります。その静かな営みに、結城紬の原点を感じました。続いて味わったのは、昔ながらの製法で仕込まれた「紬味噌」。原料には宮城県産の立長葉大豆が使われ、その形は繭によく似ています。この大豆は味噌だけでなく、結城の豆腐や煮豆にも使われ、甘みが強く、関東の醤油や味噌によく合う味わいです。結城紬を育んだ絹の文化と、立長葉大豆が生み出す食文化。人や土地、文化を結ぶ結城らしさを、あらためて感じることができました。

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  • EP. 661『@結城 、其ノ一 - 結城紬、ゆでまんじゅう』
    2026/08/03

    結城を訪ねてきました。東京から新幹線で小山へ、そこから水戸線でわずか7分。駅にはお蚕をイメージしたかわいらしいデザインが迎えてくれます。結城といえば、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている結城紬。鎌倉時代から受け継がれ、「三世代着て初めて味が出る」と言われるほど長く愛される着物です。今回は「蚊絣」という繊細な柄や、麻を織り込んだ涼やかな夏結城にも触れ、その美しさを実感しました。そして名物の「ゆでまんじゅう」は、江戸時代に疫病退散を願って神社に奉納したのが始まり。ちょうど麦秋を迎えた小麦畑が広がる結城ならではの味です。小麦やお米、そして養蚕など、豊かな自然と伝統産業が今も息づく町の魅力を、今週ご紹介します。

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  • EP. 660『@宇和島 、其ノ四 - 山に行くには三角おにぎり、畦地梅太郎』
    2026/07/30

    愛媛で行ってみたかった場所「石鎚山(いしづちやま)」。石鎚山は修験道の霊場として知られ、役小角(えんのおづぬ)が開山したと伝えられています。道後温泉の湯が白鳳地震で止まった際、役小角が石鎚山に神を祀って再び湯を湧かせたという伝説も残っています。宇和島出身の版画家・畦地梅太郎は、16歳で上京して印刷局に勤める中で版画の世界に入り、故郷・愛媛の山々を題材に独自の作品を生み出しました。また、宇和島市三間(みま)は四万十川最上流に広がる三間盆地の米どころで、昼夜の寒暖差と粘土質の土壌がおいしい三間米を育てています。宇和島では、おでんに付ける甘辛い「みがらし味噌」をおにぎりに塗って食べるのもおすすめです。畦地梅太郎の作品を眺めながら味わうと、愛媛の山や自然がいっそう身近に感じられました。

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  • EP. 659『@宇和島 、其ノ三 - 丸ずし、だんだん、段々畑』
    2026/07/29

    宇和島ではなんといっても鯛めし定食。地元では「鯛めし」ではなく「日向飯(ひゅうがめし)」と呼ぶそうです。黒潮が宮崎の日向から豊後水道を北上してくることから、その名が付いたといいます。定食には、おからを酢で締めて小魚をのせた郷土料理の丸寿司も添えられていました。米は年貢として納める貴重な作物だったため、米の代わりにおからを使うようになったとか。宇和島は急峻な地形のため水田が少なく、石垣を積んだ段畑で芋や豆などを育てて暮らしてきた所。愛媛では「だんだん」が「ありがとう」の意味で使われています。春にはシロウオの踊り食いやアオサ、青のりが美味しいことも教えていただきました。宇和島、春の味覚も魅力的で、来年は春にもう一度訪ねてみたくなりました。

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  • EP. 658『@宇和島 、其ノ二 - じゃこ天食べ食べ鉄道唱歌』
    2026/07/28

    宇和島出身の大和田建樹が作詞した鉄道唱歌は、1900年に出版されました。新橋駅には大和田建樹直筆による鉄道唱歌第一番の歌碑が建てられています。歌詞は東海道編だけで334番、北海道編を加えると374番にも及びます。宇和島駅では、夏目漱石最後の弟子で、現代の新漢字・新仮名遣いの制定に携わった阿部良茂の碑文を見ることができます。宇和島は鉄道が開通するまで陸の孤島と呼ばれ、高松から松山、八幡浜を経て、1941年にようやく鉄道が延伸されました。駅前で宇和島名物のじゃこ天。ホタルジャコを地元ではハランボと呼び、骨ごとすり身にして油で揚げた郷土料理です。鉄道工事に携わる人たちも食べていました。揚げたてのじゃこ天とみかんジュースを味わい、カルシウムやビタミンをたっぷり取ると、鉄道唱歌を口ずさみたくなるります。

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