エピソード

  • EP. 688『@発行 、其ノ一 - 甘酒』
    2026/09/24

    「発酵」の「発」は、もともと弓が勢いよく飛び出すことを表す字。「酵」は酒へんで、お酒を作る「醸す」につながります。お米や麦、大豆が、もくもくと湧き返るように変化し、酒や味噌などへ姿を変えていく発酵。千葉県の神崎町には、全国で初めて発酵をテーマにした「道の駅 発酵の里こうざき」があります。ここで知ったのが甘酒の違いです。米麹から作るものは、お米そのものの甘さを生かし、基本的にアルコールはありません。一方、酒粕から作る甘酒は、商品によってアルコールを含むことがあります。お米は炊いて食べるだけでなく、小さな働き者の力を借りて甘酒や日本酒へと姿を変えていく不思議なものです。江戸っ子はうなぎを食べながら甘酒を飲んだともいいます。では、なぜ今のうなぎには奈良漬がついてくるのか。今度はこの謎を解いてみたいと思います。

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  • EP. 687『@横浜 、其ノ四 - ニュースが来る!新しい食文化への見直しが始まっている!』
    2026/09/17

    江戸時代、人をつないだのは街道でした。明治になると、その役割を鉄道と新聞が担うようになります。1871年、横浜で日本初の日刊新聞「横浜毎日新聞」が創刊。開港後の横浜には海外の出来事だけでなく、牛乳、牛肉、パン、西洋野菜など、初めて見る食べ物も次々と入ってきました。1869年には馬車道で日本人によるアイスクリンの販売も始まり、食べ物そのものが新しい時代を知らせるニュースでした。横浜には新聞博物館「ニュースパーク」もあります。新聞を開けば、それまで知らなかった世界に出会うこともできます。スマホでは情報が次々と流れていきますが、紙の新聞には自分の心や頭に残っていく情報がある。新しい時代は新しい新聞記事とともにやってくる。横浜は、新しい情報と美味しいものが一緒にやってくる街です。

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  • EP. 686『@横浜 、其ノ三 - 横浜中華街、登竜門を越える鯉料理』
    2026/09/16

    古代中国では魚、中でも鯉は大切な存在でした。孔子は息子に「鯉」と名付けています。鯉が川を上り、登竜門を越えて龍になるように、息子への期待を託したのかもしれません。また中国語では「魚」と余裕の「裕」が同じ発音で、魚にはゆとりや豊かさにもつながるイメージ。横浜中華街の朝陽門を見上げると、そこにも二匹の金色の龍。門をくぐって老舗北京料理店へ向かい、いただきたいのが鯉の甘酢あんかけ。鯉は二、三週間ほど真水で泥抜きをするため、あらかじめ注文して待つことも味わいの一つ。熱い油で揚げ、甘酢あんをかけた鯉をゆっくりいただく。食べることは心と体を整えること。横浜中華街で鯉をいただいて、心に余裕を持った「大人」、あるいは「君子」になって帰りましょう。

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  • EP. 685『@横浜 、其ノ二 - 楕円の文化、お米とシルク』
    2026/09/15

    横浜・山下町にあるシルク博物館。繭から糸が生まれ、布となり、着物やドレスへ姿を変えていく絹の文化に触れることができます。横浜と絹の深い関係は幕末の開港から。埼玉、山梨、群馬、栃木などで育てられた蚕の繭は生糸となり、横浜から世界へ渡って、日本の近代化を支えました。その陰にあったのが農家の営み。米を作りながら蚕を育てていました。1959年、横浜開港100年を記念して開館したシルク博物館には、古代から近代までの衣装や世界の絹製品も展示されています。繭を眺めていると、その楕円形はどこか一粒のお米にも似ています。体を温める絹と、食べて元気をくれるお米。一粒一粒が、私たちの暮らしを支えてきたんですね。

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  • EP. 684『@横浜 、其ノ一 - ドリアで元気、横浜行こう!』
    2026/09/14

    横浜は、1859年の開港以来、生糸貿易などを通して、日本と海外との交流を支えてきた街です。本牧ふ頭にはキリンのようなクレーンが並び、大さん橋や新港ふ頭には国内外の客船が発着。大黒ふ頭では自動車の輸出入も行われています。そんな横浜で、私が大好きなのがホテルニューグランドです。関東大震災からの復興のシンボルとして建てられ、1927年に開業しました。館内には、再生を象徴するフェニックスが随所にあしらわれています。さらに、シーフードドリア、スパゲッティナポリタン、プリン・ア・ラ・モードが生まれた場所としても知られています。歴史と港の景色、そして元祖の味を楽しむたびに、「横浜って、本当に気持ちのいい街だなあ」と感じます。

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  • EP. 683『@飛鳥、藤原の宮都 、其ノ四 - 全国からおいしいものが届く道』
    2026/09/10

    古代から現代まで、都が何回変わったのかは数え方によって違います。大きく見れば、飛鳥から藤原、奈良、長岡、京都、そして江戸へ。この飛鳥・藤原の時代、東京周辺は武蔵国と呼ばれていました。驚いたのは、現在の埼玉県美里町辺りから一斗五升もの鮒が飛鳥へ献上されていたこと。藤原宮跡の木簡からも、武蔵国の薬草をはじめ、群馬の鮎、福井の塩、出雲の魚、徳島のイノシシの干し肉など、各地の産物が都へ届けられていたことがわかります。こうした物資の流れは、東山道、北陸道、山陰道、山陽道、南海道など全国へ延びる道につながっていきます。飛鳥・藤原の都は道の結節点。全国が道で、そして美味しいものでつながっていたんです。

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  • EP. 682『@飛鳥、藤原の宮都 、其ノ三 - お団子のおいしさ、ここから日本が始まった!』
    2026/09/09

    694年、飛鳥からわずか4キロほど離れた藤原京へ都が移されました。歩けば一時間ほどですが、日本という国家を成長させるための大事業だったに違いありません。唐が急成長する時代、日本も独立した国として、役所や道路、区画を整えた本格的な都を造る必要がありました。飛鳥から藤原京跡へ歩く途中、柿の葉寿司を頬張りながら、ぜひ坊城駅を目指すしてください。駅前には、蜜ときな粉をたっぷりまぶした小ぶりのお団子が売っています。丸い団子を食べると、みんなが丸くなって仲良くなるような優しい気持ちになります。世界遺産になったのも、みんなの力。その美味しさを口元まで運んでくれるようなお団子です。

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  • EP. 681『@飛鳥、藤原の宮都 、其ノ二 - 釜揚げ冷やし、お三味線』
    2026/09/08

    飛鳥というと橿原市だと思っていましたが、世界遺産となった飛鳥は奈良県高市郡明日香村。藤原宮跡は橿原市、長谷寺は桜井市にあります。世界遺産を訪ねるなら、ぜひ味わいたいのが三輪そうめん。「そうめん處 森正」は江戸を感じる構えで、にう麺や柿の葉寿司、むかごなど奈良らしい味が並びます。この辺りは近松門左衛門『冥途の飛脚』にも登場する土地。そうめんをいただいていると、三味線の音まで聞こえてくるようです。そして「飛鳥」と「明日香」。万葉集では「飛ぶ鳥の」が明日香にかかる枕詞として使われたことから飛鳥と書くようになりました。三輪そうめんに、むかご、にう麺、柿の葉寿司。やっぱりその土地でいただくと、これこそ奈良の味という感じがします。

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