【文字起こし】今日から話せる埼玉自慢、永谷あきひさです。このチャンネルでは、「何もない県、埼玉県」と言われてきた埼玉県の、地元の人たちに自慢できることについて紹介していきたいと思います。もし「ダサいたま」と言われたら、この話を言い返してください。今日のテーマは、東京ディズニーリゾートよりも年間来場者数が多い、越谷のイオンレイクタウンについて話をします。越谷のイオンレイクタウンは、休日にはものすごい数の人が集まります。一説には、ディズニーリゾートが年間約30,000,000人(3千万人)の来場者である一方、イオンレイクタウンには年間約50,000,000人(5千万人)の来場者があると言われています。そんな越谷ですが、実は400年前にも別の形で人が集まる街でした。にぎわいには、いつの時代も理由がある。越谷は埼玉県南東部の街。元荒川や中川といった川が流れ、土地は低く平らです。そしてここに、江戸と日光を結ぶ大動脈、「日光街道」が通っていました。川の道と陸の道、この2つが越谷という街の骨格を作っています。日光街道には、旅人が泊まる宿場が一定の間隔で置かれていました。越谷にあったのが「越ヶ谷宿(こしがやじゅく)」です。江戸を出て日光へ向かう人々がここで一泊する。本陣や旅籠(はたご)が並び、商店が立ち、大変なにぎわいだったと記録に残っています。つまり、越谷は人が泊まり、人が通ることで栄えた街だったんです。にぎわいの理由は街道でした。ところが、時代が変わるとにぎわいの理由も変わります。鉄道の時代になると、人の流れは街道から線路へ移ります。さらに時代が進むと、今度は車の時代。広い駐車場のある大型店に人々が吸い寄せられていく。同じにぎわいでも、その理由は「街道」から「駅」、そして「巨大モール」へとバトンタッチされてきたわけです。令和の今、越谷のにぎわいの象徴「イオンレイクタウン」そして令和の今、越谷のにぎわいの象徴がイオンレイクタウンです。これは本当に巨大で、日本最大級。買い物のほとんどが、ここ1箇所で揃ってしまいます。100円ショップも無印良品も雑貨店も複数あります。映画も食事も何でもある。面白いのは、この立地です。レイクタウンはもともと水が溜まりやすかった低い土地を、治水(ちすい)のために整備して生まれた街だという背景があります。詳しい経緯は市の資料で確認してほしいのですが、つまり「水との戦いから生まれたにぎわい」という見方もできるわけです。弱点だった低地が、最先端の街に生まれ変わりました。地元で暮らす方の感覚で言うと、「車があってレイクタウンの近くに住んでいれば、生活はほぼ完結する」と言われます。日常の買い物は交通費ゼロで、選択肢も豊富。これは、宿場町の時代に「ここに来れば何でもそろう」と言われていた感覚と、実はよく似ているのかもしれません。集まる場所には、いつの時代も「ここに来れば足りる」という安心感があるのです。街の歴史を知ることは、未来を考えること。整理します。 江戸時代: 日光街道の宿場町として 近代: 鉄道の街として 令和: 日本最大級のモールの街として越谷はずっと、人が集まる理由を持ち続けてきた街なんです。理由は移り変わる。でも、引きつける力だけはずっと変わりません。聞いてくださっているあなたへ。今度大きなショッピングモールへ行ったら、ちょっとだけ考えてみてください。「このにぎわいは、なぜここに生まれたのだろう?」と。大抵、昔の道や川、地形に理由があります。それがわかると、ただの買い物がちょっとした歴史散歩になる。お金はかかりません。見方を変えるだけです。街のにぎわいは偶然ではありません。必ず理由があります。そして、理由を知っている人は、街の未来を少し読める。私が地元の歴史を掘るのは、過去を懐かしむためじゃなくて、未来を考えるためなんです。この番組はSpotifyほか、各種アプリで配信中です。「越ヶ谷宿」「レイクタウン」「歴史」などでも検索できるように、文字起こしを出しています。フォローとコメント、ぜひお願いします。今日から...
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