エピソード

  • ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記
    2025/09/14

    📖『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』朗読 – ばけもの世界を舞台にした奇想天外な成功譚🌟🎪

    不思議な響きを持つ名前の主人公が織りなす、幻想と現実が交錯する物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』。

    極度の困窮の中で家族を失い、一人残された少年が、奇想天外で滑稽なばけもの世界に放り込まれていく物語です。主人公は、空中で見えない網を投げる「昆布取り」という摩訶不思議な労働に従事することになり、現実感覚を失いそうになりながらも、やがて自らの力で新しい世界への扉を開いていきます。

    学問への憧れを抱いて主人公が向かった先は、あくびと一緒に筆記帳を呑み込んでしまう巨大な博士や、一銭のマッチを十円で売り歩く奇怪な商売、複雑怪奇な利息システムで絡み合った三十人もの監督たちが跋扈する、荒唐無稽なばけもの都市でした。化学の講義という名の支離滅裂な知識体系に翻弄されながらも、思いがけず司法の世界へと導かれ、二つの世界を股にかける珍妙な事件の数々に関わることになります。

    新たな地位を得たネネムは、勲章が壁一杯になるほどの大出世を遂げ、特別な「藁のオムレツ」まで食べられる身分となりました。しかし、その栄達の過程では、弱者を食い物にする馬鹿げた搾取構造や、真面目な顔をして不条理を繰り返す官僚制度の矛盾と向き合うことになります。威厳ある裁判長として振る舞いながらも、心のどこかで自分自身の滑稽さを感じずにはいられません。

    名声と権威に包まれ、火山の噴火さえも自分の意のままになるような錯覚に陥りながらも、ネネムの心を占め続けるのは、失われた大切なものへの想いでした。権力の絶頂で踊り狂っていた彼が、ある日の巡視で遭遇したのは、過去と現在、失ったものと得たもの、そして滑稽さと切なさが交錯する運命的な瞬間でした。

    この物語は、現実と幻想の境界を軽やかに行き来しながら、一人の青年の成長と家族への愛を描いています。この不思議な世界では、労働搾取や高利貸しの問題、官僚制度の矛盾といった出来事が次々と展開し、ユーモアと風刺が絶妙に調和しています。琥珀色のビールで満たされる東の空、ばけもの麦の収穫風景、クラレの花咲く丘でのサンムトリ火山の噴火——詩的な描写に満ちた幻想世界が、朗読によって鮮やかに立ち上がります。

    ペンネンネンネンネン・ネネムという滑稽な響きの名前に込められた、深い人間愛と社会への眼差し。ばけもの世界での奇想天外な冒険を通じて描かれる、失われたものを取り戻そうとする魂の軌跡を、朗読でじっくりとお楽しみください。


    #伝記

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    1 時間 45 分
  • ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ
    2025/09/13

    📖『ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ』朗読 – 創作の萌芽に宿る物語の種子🌱✨

    静かに語られる、ひとつの物語の誕生の瞬間。今回お届けするのは、宮沢賢治が半紙一枚に書き残した創作メモ『ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ』。

    「ペンネンノルデが七つの歳に太陽にたくさんの黒い棘ができた」——この印象的な一行から始まる十二の断章は、完成した物語ではなく、創作のための覚え書きとして残されたものです。短い言葉の連なりの中に、ひとりの人物の生涯が凝縮されています。赤い眼をした父、ばくち、森での昆布とり、モネラの町への旅立ち、恋人アルネとの出会い、フウケーボー大博士との奇妙な体験——簡潔でありながら、確かにひとつの人生の軌跡が描かれています。

    氷羊歯の汽車、化物丁場、岩頸問答、サンムトリの噴火、セントエルモの火——これらの幻想的な言葉たちは、『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』や後の『グスコーブドリの伝記』と共通する物語世界を示しています。特に火山や噴火といったモチーフ、主人公が人々のために奮闘する姿は、グスコーブドリの物語に色濃く受け継がれていくことになります。茶色なトランプのカードを作り、みんなの仕事を楽にしようと考えるノルデの姿からは、後の作品に登場する自己犠牲的な主人公たちとの関連を見て取ることができます。

    「噴火を海へ向けるのはなかなか容易なことでない」「太陽がまたぐらぐらおどりだしたなあ。困るなあ」といった言葉からは、自然災害と向き合う人間の姿が浮かび上がります。これらの覚え書きには、災害や飢饉と闘う物語へとつながる要素が込められています。記された言葉の中にも、人間と自然の関係、個人の犠牲と社会への貢献という、賢治文学の重要なテーマが既に胚胎しています。

    この創作メモは、物語の完成形を楽しむものというよりも、作家の創作過程を垣間見る貴重な資料です。記された言葉から、他の作品との関連や創作の一端を知ることができます。完成された作品とは異なる、生々しい創作の息づかいを感じられる、稀有な体験となることでしょう。

    一枚の紙に記された創作の種子が、どのような豊かな物語世界と響き合っているのか。その貴重な一端を、朗読の調べとともに味わってみてください。


    #

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    5 分
  • グスコーブドリの伝記
    2025/09/07

    📖『グスコーブドリの伝記』朗読 – グスコーブドリが働き続けた日々の物語🌋🌾

    静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』。

    イーハトーヴの大きな森で、木こりの父と優しい母、妹のネリと共に幸せな幼年時代を過ごしたグスコーブドリ。しかし突然の気候変動による大飢饉が、この家族の運命を一変させてしまいます。両親を失い、妹とも離ればなれになったブドリは、一人厳しい世界に投げ出されることになります。

    てぐす工場での労働、沼ばたけでの農作業——様々な職業を通じて社会の現実を知ったブドリは、やがて科学への深い憧れを抱くようになります。クーボー大博士との出会いを経て、イーハトーヴ火山局で火山の観測と制御技術を学び始めるブドリ。そこは三百を超える火山を監視し、自然災害から人々を守る最前線でした。

    火山局での日々は、ブドリにとって真の学びの場となります。噴火の危険を事前に察知し、人工的に安全な方向へと導く技術。空気中に肥料を散布し、雨を降らせて農作物の収穫を助ける画期的な方法。科学の力によって自然災害を制御し、人々の暮らしを豊かにしていく可能性を、ブドリは身をもって体験していきます。

    技師として成長を遂げたブドリは、火山の観測と制御に情熱を注ぎ、人々の幸福のために働き続けます。そんな充実した日々の中で、ブドリは自分の人生に真の意味を見出していきます。しかし、平穏な時が過ぎゆく中で、再び人々を脅かす大きな試練が迫ってくることになります——。

    自然災害によって家族を失った一人の青年が、科学技術の世界に身を投じ、やがて大きな使命に直面していく物語。幼い頃の幸福な記憶から始まり、過酷な現実を経験し、学び続け、成長していくブドリの人生が、ここに静かに描かれています。

    農業、火山学、気象学といった科学的知識が物語に自然に織り込まれ、現実的でありながら理想的な世界が構築されています。個人の幸福と社会全体の福祉、科学技術の可能性とその責任といったテーマが、イーハトーヴという理想郷を舞台に、詩的な言葉と豊かな想像力によって展開されていきます。この物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。


    #伝記 #少年

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    1 時間 36 分
  • 気のいい火山弾
    2025/08/31

    🌋『気のいい火山弾』朗読 – 優しさと忍耐が織りなす野原の小さな物語🗿✨

    静寂に包まれた物語の世界へお招きします。今回お届けするのは、宮沢賢治の『気のいい火山弾』。

    ある死火山のすそ野、かしわの木陰にじっと座り続ける一つの黒い石——「ベゴ」と呼ばれるその石は、卵の両端を少し平らに伸ばしたような丸みを帯びた形をしており、斜めに二本の石の帯が体を巻いています。稜のない滑らかな姿は、周囲の角ばった小石たちとは明らかに異なっていました。

    このベゴ石には特別な性質がありました——どんなにからかわれても、嘘を言われても、決して怒ることがないのです。深い霧に包まれた退屈な日々、稜のある石たちは面白半分にベゴ石をからかいます。「おなかの痛いのはなおったかい」「ふくろうがとうがらしを持って来たかい」「野馬が小便をかけたろう」——ありもしない出来事を持ち出して笑い転げる石たちに、ベゴ石はいつも穏やかに「ありがとう」と答えるのでした。

    やがてベゴ石の上には小さな苔が生え、おみなえしがそれを「かんむり」と呼んで冷やかします。苔が赤く色づくと、今度は「赤頭巾」と呼ばれ、苔自身もベゴ石を馬鹿にして踊り歌うようになります。「ベゴ黒助、ベゴ黒助、黒助どんどん」——野原中の生き物たちが口を揃えてあざけりの歌を歌う中で、ベゴ石は変わらず優しい笑顔を絶やしません。

    しかし、その平穏な日々に突然の変化が訪れます。眼鏡をかけた四人の人たちが、ピカピカする器械を持って野原を横切ってきたのです。彼らがベゴ石を見つけたとき、これまでとは全く違う反応を示すことになります。

    長い間この野原で過ごしてきたベゴ石に、新たな運命が待ち受けているのです。別れの時に語られるベゴ石の言葉には、長年の優しさと忍耐、そして周囲への変わらぬ愛情が込められています。

    ベゴ石の揺るぎない優しさと、それを取り巻く野原の生き物たちとの関係は、様々な場面を通じて描かれています。四季の移ろいとともに語られるこの小さな世界では、日常の些細な出来事が積み重なり、やがて思いがけない転機を迎えることになります。

    四季の移ろいとともに語られるこの小さな世界の物語は、ユーモアと温かさに満ちながらも、どこか深い静寂を湛えています。賢治が描く自然の中の小さな存在たちの会話は、時に滑稽で、時に切なく、そして最後には意外な展開を迎えます。

    野原に響く小さな声たちの交響楽、そして一つの石が辿る思いがけない運命の物語を、朗読の調べに乗せてお楽しみください。


    #いじめ

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    17 分
  • カイロ団長
    2025/08/24

    📖『カイロ団長』朗読 – 三十匹のあまがえると舶来ウィスキーが巻き起こす騒動🐸🥃

    今回お届けするのは、宮沢賢治の『カイロ団長』。

    三十匹のあまがえるたちは、虫仲間から頼まれて花畑や庭をこしらえる仕事を愉快にやっていました。朝から夕方まで、歌ったり笑ったり叫んだりしながら働き、嵐の次の日などは依頼が殺到して大忙し。みんなは自分たちが立派な人になったような気がして大喜びでした。

    そんなある日、仕事帰りに見つけた新しい店。「舶来ウェスキイ 一杯、二厘半」の看板に誘われて入ってみると、店番のとのさまがえるが粟つぶをくり抜いたコップで強いお酒を出してくれます。飲めば飲むほどもっと欲しくなり、三百杯、六百杯と重ねるうちに、みんなぐっすり寝込んでしまいました。

    目を覚ますと勘定の請求が待っていました。しかし誰も払えるだけのお金を持っていません。結局、全員がとのさまがえるのけらいになることに。こうして「カイロ団」が結成され、とのさまがえるは団長として君臨することになりました。

    カイロ団長は次々と無理難題を押し付けます。木を千本、花の種を一万粒、そして石を九百貫ずつ運べという命令。体重がわずか八匁か九匁のあまがえるにとって、九百貫の石など到底運べるはずもありません。必死になって働くあまがえるたちと、威張り散らす団長。命令は日を追うごとにエスカレートし、「もし出来なかったら警察へ訴えるぞ。首をシュッポォンと切られるぞ」という脅し文句が繰り返されます。

    やがて青空高く、かたつむりのメガホーンが王さまの新しい命令を告げる声が響きわたります。人に物を言いつけるときの正しい方法についての布告——それは思いもよらない展開を巻き起こすことになります。

    物語の舞台は、黄金色の日差しが影法師を二千六百寸も遠くへ投げる朝から、木々の緑を飴色に染める夕暮れまで、時間の移り変わりとともに描かれていきます。舶来ウィスキーという異国の品物、粟つぶをくり抜いたコップ、石油缶いっぱいのお酒、くさりかたびら、鉄の棒——物語を彩る小道具たちも印象的です。

    けむりのようなかびの木を千本と数える機転、算術の得意なチェッコの暗算、「エンヤラヤア、ホイ」という掛け声、「よういやさ、そらもう一いき」という労働の声。通りかかる蟻の助言、もう一匹のとのさまがえるの登場、そして王さまの命令がもたらす予想外の事態。

    「どうか早く警察へやって下さい。シュッポン、シュッポンと聞いていると何だか面白いような気がします」とやけくそになって叫ぶあまがえるたち。石を引っ張ろうとして足がキクッと鳴ってくにゃりと曲がってしまう場面。どっと笑ってそれから急にしいんとなってしまう瞬間——ユーモラスでありながら、どこか痛切な場面の連続です。

    「お前たちはわしの酒を呑んだ」「仕方ありません」「今日は何の仕事をさせようかな」——くり返される命令と服従のやりとり。そこに響きわたる王さまの声は、この奇妙な関係にどんな変化をもたらすのでしょうか。宮沢賢治が描く、不思議でユーモラスな世界を朗読でお楽しみください。


    #動物が主人公 #いじめ #傲慢

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    36 分
  • ざしき童子のはなし
    2025/08/17

    📖『ざしき童子のはなし』朗読 – 古い家にひそむ座敷童子の不思議な気配👦🏚️✨

    静寂に満ちた古い家に響く、不思議な気配の物語へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『ざしき童子のはなし』。

    明るい昼間、みんなが山へ働きに出て、大きな家には子供がふたりだけ。誰もいないはずの静まり返った家の中から、どこかの座敷で「ざわっざわっ」と箒の音が聞こえてきます。ふたりの子供は肩にしっかりと手を組み合って、こっそりと音の正体を探りに行きますが、どの座敷にも誰もおらず、刀の箱もひっそりとして、垣根の檜がいよいよ青く見えるきり。遠くの百舌の声なのか、北上川の瀬の音なのか、どこかで豆を箕にかける音なのか——いろいろ考えてもやっぱりどれでもないようでした。確かにどこかで、ざわっざわっと箒の音が聞こえているのです。

    またある日のこと。「大道めぐり、大道めぐり」と一生懸命叫びながら、ちょうど十人の子供らが両手をつないで丸くなり、ぐるぐるぐるぐる座敷の中を回って遊んでいました。どの子もみんな、そのうちのお振舞いに呼ばれて来た子供たちです。ぐるぐるぐるぐる、回って遊んでいると、いつの間にか十一人になっていました。ひとりも知らない顔がなく、ひとりも同じ顔がなく、それでもやっぱり、どう数えても十一人だけいるのです。その増えた一人が座敷ぼっこなのだと、大人が出て来て言いました。けれども誰が増えたのか、とにかくみんな、自分だけは、どうしても座敷ぼっこでないと、一生懸命目を張って、きちんと座っていました。

    さらに別の出来事では、ある大きな本家でいつも旧暦八月のはじめに如来様のお祭りで分家の子供らを呼ぶのでしたが、ある年その一人の子がはしかにかかって休んでいました。「如来さんの祭りへ行きたい。如来さんの祭りへ行きたい」と、その子は寝ていて、毎日毎日言い続けます。本家のおばあさんが見舞いに行って「祭り延ばすから早くよくなれ」とその子の頭をなでて言いました。その子は九月によくなり、みんなが呼ばれることになりましたが、ほかの子供らは、いままで祭りを延ばされたり、鉛の兎を見舞いに取られたりしたので、なんとも面白くなくてたまりません。「あいつのためにひどい目にあった。もう今日は来ても、どうしたって遊ばないぞ」と約束し、その子が来ると次の小さな座敷へ隠れました。ところが、その座敷の真ん中に、今やっと来たばかりのはずのあのはしかを病んだ子が、まるっきりやせて青ざめて、泣き出しそうな顔をして、新しい熊のおもちゃを持って、きちんと座っていたのです。

    この物語には、北上川の朗妙寺の淵の渡し守が語る、月夜の晩に紋付を着た美しい子供を舟で渡した不思議な体験も収められています。座敷童子は家から家へと移り住み、その去来によって家の運命が左右されるという、古くから語り継がれる不思議な存在として描かれています。

    現実とも幻ともつかない、静かな午後の古い家で起こる小さな出来事たち。箒の音、増える子供の数、隠れた座敷に現れる影——日常の中にひそやかに息づく不思議な気配を、東北の言葉で語られるいくつかの体験談として記されています。座敷童子という東北地方に伝わる精霊の存在を通して、見えるものと見えないもの、そこにいるものといないものの境界があいまいになる、静謐で神秘的な世界が広がります。


    #童子

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    9 分
  • とっこべとら子
    2025/08/10

    📖『とっこべとら子』朗読 – 古狐が人を化かす不思議な悪戯の物語🦊✨

    静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『とっこべとら子』。 大きな川の岸に住み、夜な夜な人々から魚や油揚げを盗む古狐「とっこべとら子」をめぐる、二つの不思議な化かし話です。

    物語はまず、「こんな話は一体ほんとうでしょうか」という語りかけとともに、昔の出来事から始まります。慾深の六平じいさんが、ある秋の十五夜の晩、町から酔っぱらって帰る途中のこと。川岸で出会ったのは、ピカピカした金らんの上下を着た立派な侍でした。「拙者に少しく不用の金子がある」と言うその侍は、金貸しを業とする六平に、千両箱を次々と預けていきます。「ハイ、ヤッ」の掛け声とともに土手の陰から運ばれる箱は、月にぎらぎらと輝く小判でいっぱい。「そちの身に添う慾心が実に大力じゃ」と感心する侍の言葉に、六平はほくほくと十の千両箱を背負って家路につきますが――。

    しかし語り手は続けます。「どうせ昔のことですから誰もよくわかりませんが多分偽ではないでしょうか。どうしてって、私はその偽の方の話をも一つちゃんと知ってるんです。実はゆうべ起ったことなのです」。

    舞台は語り手の時代に移り、同じ川岸の近くに住む平右衛門という人の家で繰り広げられる出来事へ。平右衛門は今年の春に村会議員になり、今夜はそのお祝いの酒盛りです。親類たちが集まって「ワッハハ、アッハハ」と大さわぎの中、一人だけ一向笑わない男がいました。小吉という青い小さな意地悪の百姓です。機嫌を悪くした小吉は座を立ち、門の横の田の畔に立つ疫病除けの「源の大将」を見つめます。それは竹に半紙を貼って大きな顔を書いたもので、青い月のあかりの中で小吉をにらんでいるように見えました。

    やがて酒盛りが済み、お客たちがご馳走の残りを藁のつとに入れて帰ろうとしたとき、平右衛門が冗談めかして声をかけます。「おみやげをとっこべとらこに取られなぃようにアッハッハッハ」。するとお客の一人が「とっこべとらこだらおれの方で取って食ってやるべ」と答えた、まさにその時――。

    この物語には、人間の欲深さと狡猾さ、そして古狐の知恵と悪戯心が絡み合って織りなす、どこかユーモラスで不思議な世界が広がっています。方言を交えた生き生きとした会話や、月夜の幻想的な情景描写も印象的です。六平じいさんの「ウントコショ、ウントコショ」という重い荷物を運ぶ声、酒盛りでの賑やかな笑い声、そして「神出鬼没のとっこべとらこ」が現れる緊迫した場面まで、音の響きや情景が目に浮かぶような描写に満ちています。

    現実なのか幻なのか、昔の話なのか今の話なのか――語り手自身が「多分偽ではないでしょうか」と言いながらも、「実はゆうべ起ったことなのです」と続ける、この曖昧さこそが物語の魅力の一つです。古狐の巧妙な悪戯は人間たちをどのように翻弄していくのか。川岸に住む古狐とその周りの人々が繰り広げる、不思議でどこか愛らしい化かしの世界を、朗読でじっくりとお楽しみください。


    #狐 #人と動物 #月 #方言

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    17 分
  • チュウリップの幻術
    2025/08/03

    📖『チュウリップの幻術』朗読 – 光に満ちた五月の農園で繰り広げられる不思議な午後🌷✨

    静寂の中に響く朗読の調べとともに、宮沢賢治の『チュウリップの幻術』の世界へと歩みを進めてみませんか。

    すもものかきねに青白い花が咲き誇る五月の農園。玉髄のように光る雲が四方の空を巡り、月光をちりばめたような緑の障壁に沿って、一人の洋傘直しがてくてくと歩いてきます。荷物を背負い、赤白だんだらの小さな洋傘を日よけにさしたその姿は、まるで有平糖でできているかのように光って見えます。黒く細い脚は鹿を思わせ、その顔は熱って笑っています。

    農園の中に足を踏み入れると、しめった五月の黒土にチュウリップが無造作に植えられ、一面に咲いて、かすかにゆらいでいます。そこへ青い上着の園丁がこてを下げて現れ、洋傘直しとの出会いが始まります。剪定鋏や西洋剃刀を研ぐ仕事を請け負った洋傘直しは、園丁の案内でチュウリップ畑を見ることになります。

    黄と橙の大きな斑のアメリカ直輸入の品種、見ていると額が痛くなるほど鮮やかな黄色、海賊のチョッキのような赤と白の斑、まっ赤な羽二重のコップのような半透明の花びら——様々なチュウリップが咲き競う中で、園丁が特別に誇らしげに指し示したのは、畑では一番大切だという小さな白い花でした。静かな緑の柄を持つその花は、風にゆらいで微かに光り、何か不思議な合図を空に送っているかのようです。

    その白いチュウリップの盃の中から、砂糖を溶かした水のようにユラユラと透明な蒸気が立ち上り、やがて光が湧きあがります。花の盃をあふれてひろがり、湧きあがりひろがり、青空も光の波で一杯になっていきます。山脈の雪も光の中で機嫌よく空へ笑い、チュウリップの光の酒が無尽蔵に湧き出します。洋傘直しと園丁は、その幻想的な酒に酔いしれながら、現実と幻想の境界が曖昧になっていく午後のひとときを過ごします。

    エステル工学校出身だと名乗る洋傘直しと、貧乏だが光る酒を誇る園丁。二人の会話は次第に不思議な調子を帯び、ひばりは歌とともに光の中に溶け、唐檜の若い擲弾兵たちは踊り出し、すももの義勇中隊も動き始めます。梨の木どもは蛹のような踊りを踊り、果物の木々は輪になって踊り歌います。光の酒に満たされた世界では、植物たちまでもが生き生きと動き回る生命を獲得していくのです。

    太陽の傾きとともに変化する光と影、雲の流れに左右される明暗、そして何より、あの白いチュウリップから湧き上がる光の酒が織りなす幻想の午後。現実の農園での些細な出会いから始まった物語は、いつしか光と色彩に満ちた夢幻の世界へと私たちを誘います。洋傘直しという職人が、あの特別な白いチュウリップによって束の間の幻想に誘われる、穏やかな午後のひととき。

    五月の午後の陽射しの中で繰り広げられる、現実と幻想が交錯する一篇。職人の手仕事から始まる日常が、花の魔法によって色鮮やかな異世界へと変容していく過程を、朗読の響きとともにお楽しみください。


    #心象スケッチ #夢

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    24 分