『天理教の時間「家族円満」』のカバーアート

天理教の時間「家族円満」

天理教の時間「家族円満」

著者: TENRIKYO
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心のつかい方を見直してみませんか?天理教の教えに基づいた"家族円満"のヒントをお届けします。 スピリチュアリティ
エピソード
  • 心定めが第一
    2026/06/12
    心定めが第一                     埼玉県在住  関根 健一  待ちに待った教祖140年祭。その日を間近に控え、我が家もそれぞれ予定を調整し、家族揃って1月25日におぢばがえりをすることになりました。 車いすの長女も連れて新幹線で移動するため、荷物は前もって宅配便で発送を済ませ、あとは妻と一緒に教祖へのお土産を買いに行くだけ━そんな出発前日の夜のことでした。 近くの大型商業施設が夜9時まで営業しているので、午後7時から出勤する次女を職場へ送りながら出かけようという段取りになりました。夕づとめをつとめ、夕食を終えた私は一旦自室へ上がり、おぢば滞在中に片付ける仕事の資料を整理していました。 そろそろ時間かと思った頃、階下から私を呼ぶ次女の声がします。「はーい、今行くよ」と返事をし、パソコンを閉じて上着を手に階段を降りようとすると、次女が途中まで上がってきていました。そして私の顔を見るなり、「お母さんが心臓の辺りが痛いというので、病院に連れて行って欲しい」と、神妙な面持ちで告げたのです。 慌てて一階に降りると、胸を押さえて横になる妻の姿がありました。これまでも腰痛などでうずくまることはありましたが、明らかに様子が違います。ただならぬ気配を感じ、「救急車を呼ぼうか」と声をかけました。すると妻は苦しそうにしながらも、「救急病院に電話して」と指示を出しました。  すぐに連絡し症状を伝えると、「その症状は当院では専門外になる可能性があります。救急車を呼ぶか、総合病院へ連絡して下さい」との返答でした。  電話を切り、妻と相談の上119番へ連絡。事情を説明すると、「救急車を向かわせました」と言って頂き、少し安堵しました。その後も詳しい症状を聞かれ、最後に「サイレンが聞こえたら外へ出て誘導して下さい」と指示を受けました。 我が家から数百メートルの場所に消防署があるため、そこから来るものと勝手に思い込み、次女に妻を任せて私はすぐ外へ出ました。外へ出てから、「次女におさづけの取り次ぎをお願いすればよかった」と気づきましたが、あとで戻ってからでもいいかと思い、そのまま到着を待つことにしました。 坂の上から消防署の灯りは見えるものの、動く気配がありません。しばらくすると、向かっている救急隊員から私の携帯に電話が入りました。 改めて本人の状態を確認したいとのことでしたが、私が外で待っていると伝えると、「到着まで10分以上かかります。患者さんのそばにいてください」と言われ、そのとき初めて最寄りの消防署からの出動ではないと気づきました。落ち着いているつもりでも、どこか動揺していたのかもしれません。 家に戻ると、次女が「お母さんにおさづけを取り次がせて頂きました」と報告してくれました。その言葉は父親への説明というより、所属の教会長への報告のように響きます。促さなくとも自らおさづけを取り次いでくれた次女の姿が、実に頼もしく感じられました。 やがて救急車が到着。その頃には激痛は和らいでいたものの、波のように痛みが戻る様子です。妻をストレッチャーに乗せ、私と次女も車内へ。既往歴や服薬状況の確認が続き、搬送先が決まると、妻には次女に付き添ってもらい、私は自分の車で病院へ行くことにしました。 帰宅時間が読めないので、長女の介助を看護師の友人にお願いし、入れ替わりで病院へ。すると処置室の前で次女が待っていました。検査と処置にまだ時間がかかるとのことで、「このまま入院になるのか。果たして年祭に参拝できるのか」と、不安が押し寄せてきました。 すると、次女がポツリと「直前までいろいろ起こるね。これが年祭なんだね」と。そのひと言にハッとさせられました。目の前の出来事にうろたえて、これもまた親神様、教祖の思召しだと受け止められていないことに気づきました。 無心で祈る思いで待つこと一時間。看護師さんに呼ばれ、妻のもとへ向かいます。ベッドに横たわる妻は落ち着きを取り戻し、「もう大丈夫」と言えるほど回復していました。 検査結果では急を要する所見もなく、...
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    1分未満
  • 親身の親
    2026/06/05
    親身の親 千葉県在住  中臺 眞治 我が家には、8歳と6歳の娘がいます。今はまだ幼く「お父さん、見て見て」と声をかけてくれたり、「お父さん、一緒にあそぼう」と手を引っ張って誘ってくれたりします。そんな時間を私はとても幸せに感じています。 けれども、子供は成長します。だんだんと家族以外の世界が広がり、親と過ごす時間は減っていくのでしょう。親にとって、子供の成長は嬉しくもあり、どこか寂しくもあるものだと感じています。 私は以前、子供とあまり遊んでいませんでした。そのことを反省した出来事があります。 娘の通う幼稚園の行事に参加した時の話です。そこで園長先生が、保護者に向けてこんなお話をして下さいました。 「今のうちに、しっかり子供と遊んでおかないと、将来困った時に相談してもらえなくなりますよ。一緒に遊びながら、喜んだり悲しんだりする。その積み重ねが、〝親は自分のことを分かってくれている〟という安心につながるのです」。 その言葉を聞いた時、私はドキッとしました。我が家の娘たちはとても仲が良く、放っておいても二人で楽しく遊んでいます。妻も子供と遊ぶのが上手で、三人で出かけることもしばしばあります。 それに比べて私は、「仕事があるから」「疲れているから」と理由をつけて、あまり一緒に遊んでいませんでした。「このままだと将来、私だけ相談してもらえない父親になるかもしれない」そんな思いが胸をよぎりました。 それ以来、妻と子供たちが「三人で遊んでくるね~」と言う度に、園長先生の言葉を思い出し、「ちょっと待って、俺も行く~」と後を追いかけるようになりました。 公園で遊んだり、お昼ご飯を食べに行ったり。特別なことではありませんが、その時間が今では、私にとってかけがえのない温かい時間になっています。正直に言えば、今さらあわてて関わり始めた私が、将来どこまで頼ってもらえるかは分かりません。それでも、この時間の積み重ねを大切にしたいと思っています。 子供が将来、誰に相談するのかを考えた時、私はふと、あることを思いました。 私は最近、疑問に思ったことを対話型AIに相談することがあります。膨大な情報の中から、自分では決して思いつかない答えを示してくれる、頼りになる有り難い存在です。しかし、どれほど優れた答えを示してくれても、私と共に悩み、共に喜び、幸せを祈り続けてくれる存在ではありません。 これから先、子供たちも少なからずAIに相談しながら生きていく時代になるでしょう。その時AIは、正しい答えを示してくれるかもしれません。ですが、我が子の幸せを心から願い続ける存在にはなれません。その役目は、やはり親にしか出来ないのではないかと思うのです。 私たちの元の親、実の親である親神様について、『天理教教典』には以下のように記されています。 「親神は、ただに、神と尊び月日と仰ぐばかりでなく、喜びも悲しみもそのままに打ち明け、すがることの出来る親身の親である」 神様には嬉しいことも、悲しいことも、どんなこともそのまま安心して打ち明けることが出来ます。なぜなら、例えこちらが何かが出来ていても、何も出来ていなくても、神様の子供可愛い一条の親心は揺らぐことがないと信じられるからです。 誰もが長い人生の中では、生きる意味や、自分の存在価値を見失うことがあるかもしれません。だからこそ、子供たちには、いつでも、いつまでも揺らぐことのない神様の親心を感じながら、生き抜いていってほしいと願っています。 そのためにもまずは私自身が、どんな時も神様に喜びも悲しみも打ち明け、感謝しながら歩む姿を、子供たちに見せていきたいと思っています。 心に吹く風「思いは誰かに届く」 私は天理教の教会長ですが、それ以外にもいろんな活動に関わっています。宗教家としての熊本刑務所教誨師、行政では主任児童委員、そして学校ではコミュニティー・ティーチャーという立場を頂いて、たびたび小学校の英語の授業にアシスタントとして入っています。 あれは六年前のことでした。私の受け持っていた小学校六年生のクラスで...
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  • 今が有難い
    2026/05/29
    今が有難い 東京都在住 松村 登美和 2月のことです。妻とテレビのワイドショーを見ていました。コメンテーターが、あるマラソンレースの結果を振り返りながら、正月の箱根駅伝でも活躍した選手の走り方や、次に開催されるオリンピックの代表選考について、解説をしていました。 次回のオリンピックは2年後、2028年にアメリカのロサンゼルスで開催されますが、マラソンの代表選考は、昨年のレースからすでに始まっているのだそうです。 「そうか、もう次のオリンピックがあるんだ」「前回はパリで、その前が東京だったっけ」と話しながらテレビを見ていると、妻が「東京オリンピックって、メダルいっぱい取ったんだよね」と言いながら、スマホで当時のことを調べ始めました。 すると、「あれ、『2020年東京オリンピック』って書いてあるけど、やってるの2021年だよ」と言うのです。一瞬、頭の中にはてなマークが灯りましたが、すぐに思い出しました。 そうです、2020年は新型コロナウイルス禍の真っ最中で、オリンピックは一年延期されたのでした。世界を恐れと不安に陥れたあの出来事の記憶を、たった5、6年で頭の隅へ追いやってしまうんだ、と自分を振り返りながら、テレビを消して、当時のことについて妻と話をしました。 新型コロナウイルスの流行で、日本では10万人以上の方が命を落とし、すべての人が身体や心、生活や仕事に大きなダメージを受けました。 東京オリンピックが開催されるはずだった2020年は、その年の1月に国内で初の感染者が発生し、東京でも次々と感染が広がっていきました。 私はその東京に住んでいるのですが、東京都では2020年4月から、感染対策として大学などの学習施設、劇場やスポーツ施設、カラオケ施設などに営業休止が要請されました。 また飲食店は午後8時閉店、お酒は午後7時までしか提供できなくなりました。最初の要請は6月に一旦解除されましたが、感染拡大を受けて、その年の夏から秋に、営業短縮の要請が発出されました。 私の家の近くには、居酒屋などの飲食店が多くあります。小中学校の同級生も数人、お店を営んでいるのですが、そうした友人と話をしていても、「居酒屋で夜7時までしかお酒が出せないなんて、誰も店に来ないよ。店を続けていけるか心配だ」といった不安の声をよく聞きました。 夏秋の営業時間短縮は、感染状況を踏まえながら、段階的に緩和されていきました。8時までだった営業時間が10時まで、7時までだったお酒の提供は8時まで、そして10時まで、と段階的に軽減されていったのでした。 その2020年の秋、町で知り合いの男性に会いました。その方も飲食店を開いています。 世間話から始まって、「最近はお店、どうですか?」と尋ねてみました。するとその方の話では、春の緊急事態宣言の時には、しばらくお店を開けていたけど全くお客さんが来ず、最近まで長期間、閉店していたとのこと。時間短縮の期間が明けて、夜もお酒を出すことが出来、お店を遅くまで開けるようになってから再開したと話していました。 そこで私が、「お客さんは戻ってきましたか?」と尋ねると、「いや、まだ全然だよ」との返事でした。 「それは大変ですね」と言うと、その方は「でもね、前に比べたらましだよ。4月は全然だったから。今はね、遅い時間にお客さんは来ないけど、6時7時には来てくれるんだよ」と言うのです。 そして、「4月の時は本当に誰も来なかった。でもね、今は有難いんだよ。早い時間に常連さんが来てくれるようになったから。それが嬉しいんだよ。時間が経てば、きっと遅い時間にも来てくれるようになると思う。今、来ないお客さんのことを思って無いものねだりしてストレスを溜めても、何もいいこと無いからね」と仰るのでした。 その話を聞いて、私は「水を飲めば水の味がする」と教祖が仰せられたお話を思い出しました。 天理教の教祖、中山みき様は、天理教が始まった当初、ご自身がお嫁入りの時にお持ちになった荷物から始まり、中山家の食べ物、着物、金銭に至るまで、次々と困っている人々に施されていきました。生計が苦しくなってからも...
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