『琵琶湖まんだら』のカバーアート

琵琶湖まんだら

琵琶湖まんだら

著者: FM滋賀
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母なる湖を中心に広がる自然に抱かれ共生してきた私たちの歴史と文化。その自然環境と周辺に広がる人々の暮らしや文化の魅力と大切さを紹介する番組『琵琶湖まんだら』。湖国に受け継がれた暮らしや文化の多様な姿に光をあて、私たちの未来を探ります。Copyright FM SHIGA. All Rights Reserved. 社会科学
エピソード
  • 2026年7月16日放送…「東近江市八日市地区編」
    2026/07/16
    現在は東近江市の一部となっている「八日市」は、琵琶湖の東側、滋賀県のほぼ中央部にあたる「湖東平野」に位置しています。 八日市で大凧が上げられるようになったのは、江戸時代中期で、そのはじまりは、男児の誕生を祝って揚げていた、小さな凧でした。 徐々に大きくなっていった八日市の大凧は、明治時代になると「240 畳敷き」もの巨大な凧が揚がったという記録も残されています。 八日市では、今年 5 月 2 日、11 年ぶりに「100 畳敷きの大凧揚げ」が実施されました。徹底した安全対策のもと行われた、11 年ぶりの「100 畳敷き大凧」は、この日、17 秒間の「飛揚」を記録し、新しい「東近江大凧」の歴史をつくる、大きな一歩となりました。
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    25 分
  • 2026年7月9日放送…「東近江市八日市地区編」
    2026/07/09
    「八日市」は、琵琶湖の東側、滋賀県のほぼ中央部にあたる「湖東平野」に位置しています。現在は東近江市の一部となっている「八日市」は、かつて「八日市市」として独立した、ひとつの自治体でした。 八日市で大凧が上げられるようになったのは、江戸時代中期でした。はじめは、男児の誕生を祝って小さな凧があげられていましたが、次第に凧は大型化していきました。 大凧揚げが終わると、技術を他にもらさないために、凧を燃やしてしまうほどの熱意があったと伝わります。 八日市では、「100 畳敷きの大凧」が、毎年 5 月に「大凧まつり」として揚げられてきました。 しかし、2015 年に大凧の落下事故が起こり、それ以降、まつりは中止となっていました。そんななか、今年 5 月、徹底した安全対策が施され、11 年ぶりに「100 畳敷きの大凧揚げ」が実施されました。 安全を最優先に行われた「大凧揚げ」は、「東近江大凧」の新しい歴史をつくる、大事な一歩となりました。
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    23 分
  • 2026年7月2日放送…「東近江市八日市地区編」
    2026/07/02
    「八日市」は、琵琶湖の東側、滋賀県のほぼ中央部にあたる「湖東平野」に位置しています。現在は東近江市の一部となっている「八日市」は、かつて「八日市市」として独立した、ひとつの自治体でした。 「湖東平野」は、今からおよそ 7,700 万年前の、火山の噴火によって形成され、このあたりには鈴鹿山麓から湖東平野まで広がるほどの、巨大な「窪地」=「カルデラ」ができました。 その後、永い時間をかけて、「カルデラ」に土砂を運び、堆積した土砂は、やがて琵琶湖に向かってなだらかに広がる「扇状地」を形成しました。 また、地域では「聖徳太子」によって始まったと伝わる「市」が開かれ、山を越えて商売に歩いた「商人」たちも活躍しました。 こういった八日市の「特徴」が、地域独特の「大凧」文化を育む土台になったと考えられます。
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    23 分
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