
昭和の音旅 #92 奄美群島の「永良部百合の花」「島育ち」
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このコンテンツについて
音で楽しむ、ふるさとの風景…鹿児島県内に伝わるお祭りや民謡など懐かしい音を季節ごとに紹介します。
MBCラジオは1953年(昭和28年)に開局しました。MBC資料センターには、開局当時からの貴重なラジオの音源が多数保存されています。なかでも、昭和30年代~50年代の鹿児島県内各地のお祭りや民謡などの貴重な音源が大量に残されています。
市町村合併により地名が変わる中、過疎化・少子化で消滅の危機にあるお祭りや、唄い手継承の危機にある民謡なども多くあると思われます。鹿児島に古くから伝わる習俗を保存した当時のラジオの音源は、まさに文化遺産ともいえる貴重なものです。 これらを発掘してデジタルアーカイブ化するとともに、再び電波に乗せることにより、脈々と繋いできた鹿児島の文化の継承に努めてまいります。
当時を知る人々を郷愁に誘い、若い世代には古き良きふるさとの文化と出会う機会になることを願います。
昭和30年の音源から、奄美群島の「永良部百合の花」「島育ち」をお届けします。
新民謡「永良部百合の花」は、仲宗根幸市氏の解説によると『明治末に鹿児島の商人が野生のテッポー百合栽培を島民にすすめ百合の球根をアメリカを対象に外貨を稼いだ。その後、横浜の商社が沖永良部島の百合を安価で買占め暴利をむさぼった。そんな横浜からの荒波に負けずに一生懸命働いて島の財産を守ろうという歌』。
「島育ち」は歌手・田端義夫の代表作の1つで、奄美大島の代表的ご当地ソングでもあります。戦前から奄美大島で歌われていて、戦後には東京の花柳界でも歌われていたとか。田端義夫が銀座の沖縄料理店で初めて聴いて感激し、反対するテイチクを、自費でレコードを出すことで承知させ、その結果「島育ち」は大ヒット。翌年、喜界島を舞台に映画化もされました。
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