• ニューヨークタイムズ / どんなかたちのペイウォールを採用するか? / NYTのサブスクリプションファネル / ファネルのそれぞれのフェーズでどんな施策をしているのか? / 複数の異なる商品やサービスをひとつにまとめて、お得な価格で提供する「バンドル戦略」 / バンドルと広告戦略のつながり / 日本の出版社、新聞社への示唆
    2026/05/02
    とくに雑誌を主軸にしている(していた)出版社や新聞社に参考にしてほしいのがニューヨークタイムズ(NYT)のビジネスモデルのデジタルシフトである。NYTは、直近では2000年段階と遜色のない営業利益率と純利益となっている。2022年には購読者数1000万人を超え、2027年末までに購読者数1500万人という新たな目標を設定した。しかし2000年から2015年までの15年間を見ると、総収益も営業利益率も落ち続けている。中長期的な停滞ゆえに「もうだめだ」と思われていた。この点では日本の出版業界と似ている。だが、2010年代中盤以降にデジタル中心の巻き返しが顕著に可視化されてきた。その意味では、日本のマンガ業界に似ている。NYTは2011年にデジタル課金(ペイウォール)を導入後、デジタル収益が成長率を牽引してきた。順風満帆だったわけではない。2012年の最終四半期にはデジタル購読者は約7・4万人だったが、2013年第2四半期には2・2万人まで減っている。出版物自体の売上も広告からの売上も減り、デジタル広告は衰退に転じ、デジタル購読も早くも頭打ちだと当時は語られていた(McKinsey & Company “Building a digital New York Times: CEO Mark Thomp-son” August 10, 2020 )。ところが直近では四半期ごとの数字を見ても、デジタルの専用購読者数、ARPU(Average Revenue Per User ひとりあたりの課金額)は伸び基調にある。広告収入も、増減はあれど減少傾向にはない。デジタル購読者数上昇にもデジタル広告の収益改善にも、徹底したCRM(Customer Relationship Management 顧客関係管理)データの活用が背景にある。NYTのマーケティング、CRMは日本の雑誌・新聞ビジネスの今後を考えるうえで参考にすべき点が多い。海外事例ということもあり横文字、耳慣れないカタカナの用語が多く感じるかもしれないが(このあとのビッグ5や欧米の書店の事例も同様)、そんなにむずかしい話はしていない。ついてきてもらいたい。どんなかたちのペイウォールを採用するか?無料コンテンツを豊富に用意した寛大な従量制ペイウォール(お金を払わないと記事や動画などの続きを見られないしくみ)は、有料課金へのコンバージョン(転換)率を低下させる傾向があることがわかっている。これが明らかになって以降、課金なしでは1文字も読めない「ハードペイウォール」の割合が増え、「月○本までは無料で読める」という上限を設定する「メーター制」の割合は減った。メーター制を採用する場合も、たとえばNYTは初期には月に20本の記事を無料で閲覧できた。だがその後、徐々に無料で読める記事の本数を減らしている。また、NYTはペイウォールを導入した2011年当初、ソーシャルメディアや検索経由のアクセスに対して「抜け道(loophole )」として無料での記事閲覧を許可していた。こちらも段階的に縮小・廃止された。現在ではNYTが選んだ特定の記事を、Facebook 「Instant Articles 」などを通じて一部だけを例外的に無料で読めるコンテンツにしている。「ギフト記事(Gift Articles )」を通じてNYT購読者が月10本まで記事を「ギフト」としてSNS上にシェアでき、そのリンク経由であれば非購読者も読める。The Guardian のような一部のメディアは、有料記事に対して、ユーザーのスクロール操作に合わせてつねに画面内に表示されるスティッキーバナー(「追従バナー」「フローティングバナー」)を配置したり、寄付を求めたりしている。これはガチガチのハードペイウォールだけでは、重要なニュース記事が人々にとって手の届かないものになる可能性があるとの考えからである。報道は広く知られることによって社会の公益に資するべきであるとの考えもあるから、一応、ちょっとは読めるようにしているわけだ。どのタイプのペイウォール戦略を採用するにせよ、無料会員登録を促し、メールアドレスを収集してニュースレターを配信する取り組みが増えている。会員になってもらい、ユーザーの同意を得られれば、非会員のときよりも多くの行動データを収集できる。また、直接...
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  • どのようにしてWeb小説を投稿する作家と、投稿された小説の読者を獲得しているのか。 もっとも影響力が大きいのは、そのサイト発の映像化作品である。アニメ化、映画化、 ドラマ化されたウェブ小説があると、そのタイトル名で検索したユーザーが投稿サイトに 流入する。「小説家になろう」が国内最大のユーザー数となりえているのは、1クールにア ニメ化されるタイトル数がほかのどの投稿サイトよりも多いからである。
    2026/04/26
    に影響力が大きいのは、マンガ化、書籍化作品だ。書店ないし本を通じて作品を知った読者が、その作品がウェブ発だと知り、検索して投稿サイトに流入する。したがってコミカライズや書籍化のタイトル数も顧客獲得競争において重要になる。そのため、ウェブ小説投稿サイト事業の新規参入者は、作家も読者もいない状態で、すでに投稿作品の書籍化、マンガ化、アニメ化がコンスタントになされる体制が完成している先行事業者と競争することになる。ただし、ウェブ小説ユーザーは広告によっても獲得できる。たとえば2017年7月にローンチされたDMM TELLER(現テラーノベル)は人気タレントの橋本環奈を起用したテレビCMの放送以降、アプリが100万以上ダウンロードされ、2018年1月に200万ダウンロードを達成した。とはいえ「投稿サイト」という性質上、自発的に小説を書いてアップロードする作家を集めなければならない。だが日本では「本を出したい」と考えている書き手が多い。読者とは異なり、広告でサービスの存在を知らしめるだけでは、良い作品を投稿してくれる作家は集まらない。作家を獲得するには、受賞作品の書籍化を前提としたコンテストの実施や、投稿作品がコンスタントに本になる体制作り、ひいては当該プラットフォーム発作品のマンガ化、アニメ化の実績などが必要となる。しかし、ほとんどの新興サイトは数年以内に閉鎖または停滞に陥る。だからウェブ小説の投稿者には、映像化作品が出てようやくこのサービスは当面クローズしないだろう」と見込み、投稿先の選択肢にカウントするようになる作家も少なくない。新規参入する事業者にとっては、きわめて厳しい競争環境だ。文芸市場に占めるウェブ小説書籍化の割合ウェブ小説は、出版市場においてどの程度の影響力を持っているのか。出版科学研究所が発行する「出版月報」2021年9月号によれば、ウェブ発のライトノベル書籍(文庫は含まず、単行本のみ)の新刊の推定発行金額は2020年が約102億円であり、文芸単行本全体に占めるライトノベル単行本の割合は冊数ベースで43・7%、金額ベースで37・2%を占める 。これはあくまで「単行本サイズのライトノベル」としてKADOKAWAのMFブックスやアルファポリスのレジーナブックス、エタニティブックスといったレーベル単位で把握されている数字だ。実際には文芸単行本の中にはライトノベルジャンル以外にもウェブ発のヒット作がある。近年でいえばカクヨム発の背筋『近畿地方のある場所について』や、投稿サイトではなく記事メディア「オモコロ」とYouTube発だが「不動産ミステリー」と題した雨穴『変な家』シリーズなどだ。これらも鑑みると、文芸単行本市場においてウェブ発の小説は、すでに4割から5割程度の売上を占めていると推定される。文庫に関する推計は発表されていない。だが、たとえば「TikTok売れ」(BookTok )と呼ばれる、ショート動画プラットフォームでの本紹介動画の影響によって若年層向けの小説が爆発的に売れる現象が2020年からあり、スターツ出版は過去二度のケータイ小説ブームを上回る収益となっている。その中核を担うライト文芸作品の初出媒体は、同社の小説投稿サイト「野いちご」「ノベマ!」であったり、あるいは同社サイト出身作家による書き下ろしであったりすることが大半である。やはり「出版月報」2021年9月号を引くと、ウェブ発のライトノベル書籍の「推定発行金額」は2013年が約30億円、2014年が約50億円、2015年が約82億円、2016年が約100億円、2017年が約105億円、2018年が約108億円、2019年が約107億円、2020年が約102億円と推移している。『出版指標年報』ではその後、新刊・既刊を合わせた「推定販売金額」を「市場規模」として毎年発表しているが、やはり100億円規模で2023年までは横ばいになっていた――2024年は86億円と前年比大幅減となったが。「横ばい」というと「すでに成長が止まっている」との印象を受...
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  • ウェブ小説 / そもそもウェブ小説とは? / 文芸市場に占めるウェブ小説書籍化の割合 / 日本におけるウェブ小説販売モデルの困難 / 中韓以外のウェブ小説は日本と同じ「ウェブ小説書籍化+映像化権ビジネス」
    2026/04/19
    日本や韓国、中国、アメリカの動向を踏まえてデジタルでの売上を伸ばしやすいジャンルを考えると、マンガ以外ではウェブ小説、なかでもエンターテインメント要素が高く、シリーズ化しやすいロマンスやファンタジーなどだろう。そうした観点から、この章ではウェブ小説について検討していく。インターネット上に書かれた小説、中でも「出版社のサイト上に掲載されたプロの作家の作品」ではなく「一般ユーザーが投稿する小説」がウェブ小説(Web 小説)、ネット小説、オンライン小説などと呼ばれてきた(ここでは「ウェブ小説」と表記する)。2000年代に二度のブームがあった「ケータイ小説」も、日本独自規格のモバイルインターネット(iモード)上で生まれたウェブ小説の一種といえる。なお、ウェブ小説は広い意味では電子書籍に含まれることもあるが、基本的には別物である。EPUBやpdf 形式で制作され、Kindle などで販売・配信されている電子書籍の話はここではしていない。中国では2003年にウェブ小説投稿サイト「起点中文網」が、韓国では2005年に「ムンピア」がウェブ小説の話売り課金モデルを採用し、いずれの国でも他の事業者にも波及して成功を収めている。「人民網」2025年6月19日「中国のネット文学のユーザーが5・75億人に」の報道によれば、中国のネット文学産業は主要プラットフォーム50を足し合わせると2024年に約440億元(約9000億円) 。韓国出版文化産業振興院(KPIPA )「2024年ウェブ小説産業現況実態調査」によれば韓国では2024年に約1兆3500億ウォン(約1500億円)。中国でも韓国でも、その多くが話売り課金による売上である(中国では3割ほどが版権売上と見られる)。両国ともに2010年代から2020年代までのあいだに、10倍以上の市場規模になった。一方で日本におけるコミック市場の規模は出版科学研究所の推計では2024年に7043億円(うち電子コミックが5122億円)であるのに対し、小説市場の規模はおそらく紙と電子を合わせても、かなり多く見積もって600〜700億円台にすぎない。韓国コンテンツ振興院(KOCCA)「2024ウェブトゥーン産業実態調査」によればウェブトゥーン(縦スクロールのデジタルコミック)の産業規模(総売上高)は2023年に2兆1千890億ウォン(2341億円)。前述したようにウェブ小説はその半分以上の約1500億円である。日本では今や小説市場はマンガ市場の10分の1以下にすぎないが、仮にウェブ小説市場が中国や韓国のように課金モデル導入によって爆発的に成長し、韓国同様にウェブ小説がデジタルコミックの半分規模にまで達すれば、紙の小説市場と合わせて年間3000億円以上、ウェブ小説だけで2000億円台のマーケットになりうる。しかし日本でウェブ小説の課金モデルを導入する試みは成功し、普及してきたとはいえない。何がボトルネックになっているのか。そもそもウェブ小説とは?2000年代以降、ひとつのサイト上にさまざまな書き手が作品を投稿する小説投稿プラットフォームが登場した(ウェブ小説の歴史についてくわしくは拙著『ウェブ小説30年史』を参照)。現在では代表的な投稿プラットフォーム(ウェブ小説投稿サイト)にヒナプロジェクトの「小説家になろう」、KADOKAWAの「カクヨム」、アルファポリスの「アルファポリス」、スターツ出版の「野いちご」「ノベマ!」「ベリーズカフェ」などがある。ウェブ小説投稿サイトおよびその運営企業の中で「どこが有力(人気)なのか」という問いに答えるのは簡単ではない。というのも、登録アカウント数が多くても過去のブーム時にたくさん作られたものの現在は休眠状態のものが多いサービスもある。ユーザー数や作品数が膨大でも二次創作が中心で、マンガ化やアニメ化といったIP展開が可能なオリジナルの人気タイトルの割合が少ないサービスもある。逆に、アクティブなユーザーの数がそれほどではなくとも、書籍化作品が書店・取次のベストセラーランキングに入...
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  • マンガがDXに成功し、V字回復できたのはなぜか / 電子書籍でよく売れるもの、売れないもの / 「マンガは電子と相性が良い」理由の整理
    2026/04/12
    かつてマンガ雑誌は、それ自体が商品であると同時に、3つの大きな役割を果たしていた。①送客②宣伝③育成である。① 送客(retention )…週次・月次で発売される雑誌の発売日に合わせて書店への来店を促す機能② 宣伝(promotion )…雑誌上で、その雑誌や出版社発の書籍や企画を宣伝する機能③ 育成(incubation )…新人・新作の発表の場を与え、才能を発掘し、作品を育成する機能雑誌で主催した新人賞出身の作家を増刊の雑誌に投入して育成し、機会を見て本誌に投入、人気が出れば連載に昇格させ、その連載マンガをコミックスにして売る。こういうものが、ある世代までがよく知る日本のマンガ業界の特徴だった。ところが雑誌の需要が減ると書店への来店動機が失われ、書籍にも勢いがなくなる――これが日本の出版業界が1990年代後半から直面している問題だ。マンガ業界はそれでもコミックスが横ばいを保っていたのが、おどろくべきことだが。日本の書籍産業は、雑誌目当てに本屋によく来る顧客の来店回数の多さと、雑誌に掲載されている作品や情報によって次に買う書籍の目星をつける宣伝効果をアテにしていた。そのため、書籍単体で採算をとらなければならない他の多くの国とは異なり、書籍にかけるプロモーション予算は小さく、発売前の宣伝・予約期間も短かった。取次が書店が頼んでもいない本を過去の販売実績や店の規模などに合わせて送りつける「見計らい配本」という日本独自の流通制度もあいまって、書籍出版社は「出たとこ勝負」「とりあえず刷って書店に撒く」的な商売のしかたになりがちだった。それが30〜40%という高い返品率につながってきた。しかもこれは発売からしばらく経った既刊も含めた数字であり、発売間もない新刊ほど、書店から出版社への返品率は高い。その非効率的な商慣習の上に「雑誌の衰退」が重なる。さらには書籍の刊行点数を爆増させた。これらが2000年代以降、多くの書籍が、出ていることすらほとんどの人に知られずに返品されまくる事態を生み出した。ころが2010年代に登場したマンガアプリやウェブマンガ誌は、紙の雑誌の機能を代替し、紙の雑誌の衰退により発生していた課題を解決した。全体像から説明すると、マンガアプリは、①出版社が新作マンガの開発・育成を主目的としたサービス② 各社の電子書籍、ウェブトゥーンを取り扱うストア/プラットフォームの二系統に分かれる。前者①は「マンガ雑誌」、後者②は「書店」と同様の機能を持つ。①の代表が集英社の少年ジャンプ+であり、アプリオリジナルの連載作品『SPY×FAMILY』『怪獣8号』などが生まれた。また、2020年代に入ると、マンガアプリよりも運用コストが安く、ソーシャルメディアへの共有がしやすいウェブマンガ誌に改めて注目が集まり、講談社のヤンマガWeb など、出版社発のメディアが伸び基調にある。②の代表がカカオピッコマのピッコマであり、さまざまな出版社、CP社(コンテンツプロバイダ。日本で言う「ウェブトゥーン制作スタジオ」「プロダクション」)の作品を取り扱い、マンガアプリとして日本最大級の売上を誇る。マンガアプリでは、2014年に小学館マンガワンが成功させて以降、「話売り」と呼ばれる、連載マンガの単話形式での販売が一般化する(正確にはガラケー時代からコミックの単話販売はあったが、スマホ/タブレット上のサービスでは2014年頃から)。また、「ライフ/チケット制」と呼ばれる1枚で1話読める無料チケットを1日2回、1回4枚配布するしくみか、ピッコマが韓国のカカオページから持ち込んだビジネスモデル「待てば無料」(23時間につき1話無料で読める。それ以上読みたければ課金する必要がある)と「話売り」を組み合わせた。日本では、紙のマンガをデジタルにリプレイス(代替)しながらも、新人・新作を育成する「雑誌」(マンガアプリ、ウェブマンガ誌)と、各社の雑誌から育った作品を集めた電子「書店」(ピッコマ、Amazon など)が分業するかたちで共存している。また、連載最新話を単話形式で課金して読...
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  • 打ち手としてのデジタル . パブリッシング/出版DX
    2026/04/05
    第1部では、出版市場の縮小は「読まないから」ではなく「買わないから」発生していることを示した。子どもを除けば「読書推進」をやっても本の購買量は直接的に増えない可能性が高い。第2部では、出版社と書店に共通する課題――「売上を伸ばす」ために何ができるか、何をやるべきかを扱う。産業として取り組むべきは、購買促進施策である。日本で本が売れない理由は、本屋に人が行かなくなったことである。来店頻度の減少が購買頻度を下げ、売上を落としている。売上が落ちると書店が減り、ますます店に行かなくなる。かつて人を本屋に送り込んでいたのは定期刊行物である雑誌だった。人々を再び本屋に向かわせる、ないしはコンテンツに触れさせる施策、しかけを用意することが、課題解決の打ち手である。具体的には第2部を通して、いくつかの事例や研究を示しながら述べていく。まずは出版社やプラットフォーマー側の視点から国内のデジタルコミックとウェブ小説の事例、欧米の新聞や書籍出版社の事例を扱う。さらにそれに続いて、欧米のリアル書店(小売店)側の事例を紹介する。そのあと抽象度を上げ、プロモーションがいかに重要なのかを学術的なマーケティング研究から確認する。読者によってどの立場に近いか、あるいは感情移入しやすいかは異なるだろう。最後に、全体のまとめを記しつつ、現場レベルの個人でもできること、考えられることについて検討した。読む順番、読む場所はご自身の仕事や興味に合わせて自由に変えてもらえればと思う。*くりかえしになるが、第1部の結論を確認しておこう。「読書」(読む)と「購買」(買う)は傾向が違う。「雑誌」と「書籍」も傾向が違う。「子ども」(小中学生まで)と「大人」(高校生以上)も傾向が違う。この基本認識を無視して雑に「本離れ」と呼んでも、実効的な打ち手にはつながらない。こからは、これらを前提に議論を進めていきたい。雑誌は読書量・購買量ともに書籍より変動幅が大きい。のぼり坂の時期にはどうだったか。1975年に書籍は6億3222万部、雑誌は19億8620万部だったが、1989年には書籍9億4127万部、雑誌34億8402万部。書籍の伸びは15年で3億部強、雑誌は約15億部も伸びた。これが減少に転じてからは? 雑誌市場は最盛期の1996年と比べると2024年の推定販売部数は約85%減、もはや2割以下の規模だが、書籍市場は約52%減とまだマシと言える。やってはいけない、やっても意味がない施策として、雑誌の機能や売上の代替を書籍に担わせようとすることがある。2000年代以降は雑誌の落ち込みを書籍で補おうとして刊行点数が増えた。だが雑誌弱体化で書店への来店回数が減ったのに点数だけ増やしても逆効果だった。1990年代後半以降、2000年代を通じて書籍の返品率は過去最悪の40%前後で推移する。2010年代に入って取次が返品率改善のために送品抑制を始めたあとも、書籍の刊行点数が減るペースはゆるやかだ。2023年の書籍の出回り(新刊・重版・注文品の流通総量)は7億2449万部。これは1973、74年と同程度だが、出版点数は64905で、1973年には20138と3分の1以下だった。算数で考えるなら、刊行点数をおさえて定価を上げ、一点一点の宣伝に力を入れる方向に舵を切るべきだ。そのほうが出版社・書店いずれにとっても返品率、利幅、送品コストが改善され、経営効率は上がる。筆者は『「若者の読書離れ」というウソ』という本で「雑誌の読書冊数の変動幅のほうが大きいから、雑誌的な読書は高校生以上であっても書籍より伸ばせる可能性がある」と書いた。すると「紙の雑誌はオワコン(終わったコンテンツ。時代遅れで再起不能なもの)で、今から伸ばすのはムリだろう」という反応を何人かの方からいただいた。筆者が伝えたかったのは、紙の雑誌そのものの復活に可能性があるという話ではない。もっと広義の「雑誌的な読書・購買」のリプレイス(置き換え)の可能性だ。また、かつての雑誌の機能をデジタルメディアも活用して代替...
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  • 「読む」と「買う」は別の話 / 「雑誌」と「書籍」も別の話 / 労働時間は減り、自己啓発の時間も減っている / 「なぜ減っていると思うか」の定量調査の結果の扱いは要注意 / 「気持ち」と読書量はつねに一致するわけではない / 「スマホばかり見るようになって読書時間が激減している」とまでは言えない / 「読書推進」の限界――小中学生の読書量は増え、  高校生以上は横ばいの背景にある「遺伝」
    2026/03/28
    全国大学生活協同組合連合会「学生生活実態調査」では、大学生の不読率(読書時間0分)の割合は2004年には38・7%、2024年には45・6%と上昇傾向にある。しかしがったと言っても高校生や大人の不読率と同程度の「ふたりにひとりが読まない」にすぎない。日本では大学進学率は上昇し続けている。少子化にもかかわらず、学生の数は過去最高水準を維持している。「大学全入時代」と言われるほど大衆化した。大学の数自体が増え、入試方法もスポーツ推薦を含めて多様化した。結果、かつてのように「文字の多い教科書や参考書を読んで勉強する」ことに適性のある人間以外も大学に進学している。そうなれば大学生の不読率が高校生や日本人全体と大差なくなるのは当然だ。なお、不読率は上昇しているのに、不読者を含む学生の平均読書時間はこの20年間ずっと30分程度で変わっていない。どういうことなのか。実は読書をする学生の平均読書時間は2004年の49・1分から2024年には63・1分と1日14分程度伸びている。「最近の学生は本を読まない」とも「最近の学生はまじめになっている」とも言われるが、両者は両立する。そのことを「学生生活実態調査」は示している。まじめな学生の読書時間は伸びていると捉えられるからだ。不読者が増える一方で、「読む学生」の読書時間は増えているという「二極化」が進行している。「全体的にみんな読まなくなっている」わけではない。書籍の読書率、読書量は、青年期以上の年齢では時代による変化にとぼしいとみるべきだ。戦後の出版流通システムができあがり、モノ不足(本の材料となる紙材不足)が解消された1950年代頃から、子どもを除く日本人の読書量や読書率にはほとんど変化がないからだ。出版業界は1990年代後半から売上が落ちているのに、読書量が変わっていないなんておかしい、と思うかもしれない。こうした「読む」と「買う」を短絡的に結びつける考え方はよく見られる。しかし、読む量と買う量は単純にイコールにはならない。イコールになるなら「積読」という言葉は存在しない。出版市場が成長していた時代にも、書籍の読書量が増えていたわけではない。書籍は、読書量と購買量の傾向が一致しない。仮に日本人の平均読書冊数を月1・5冊として人口1・2億人とすると日本人は年間21・6億冊読んでいる。2024年には書籍の推定販売部数は約4・4億冊、公立図書館では個人貸出と団体貸出を合わせて約8・3億冊(出版科学研究所、日本図書館協会調べ)。買った・借りた本をすべて読んだというムリな仮定を置いても残り4割、8・9億冊は新刊書店でも公共図書館でもないところから調達した書籍が読まれていることになる。古本屋もあるし、各家庭のなかにも本はある。新刊書店と図書館は読書を語る際に重要な場所だが、それらだけで人々の読書は完結しない。本屋と図書館の話だけでは、読書の全体像の5、6割しか把握できない。本屋で買う本の外にも、読書はひろがっている。この点から考えても「読む」と「買う」は単純に一致しえない。読書量と市場動向の不一致はめずらしいものではない。アメリカではNAEP(全米学力調査)、UK(英国)ではNLT(国立識字基金)が子ども・若者の読書調査を実施しているが、いずれも近年では減少傾向にある。ところがアメリカのCircana BookScan などが発表している書籍の市場調査を見ると、児童書やヤングアダルト﹇YA﹈(10代向け)市場はむしろ成長傾向にある。世界に目を向けても「読む」と「買う」の不一致、「読書量は減っているが本の市場規模は横ばいや微増」(あるいはその逆)といった現象はめずらしくない。日本の出版市場の課題のひとつは「書籍を読まない」ことにではなく、「本を買わない」ことにある。「本を読まなくなっているから、買わなくなっているにちがいない」という誤った因果推定にもとづいた「本離れ」論は、認識が雑すぎる。「雑誌」と「書籍」も別の話ただし、「読まなくなっており、買わなくもなっている」が日本で該当する出版カテゴリー...
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  • 『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』はじめに 出版業界の課題の本質 ――「書籍と雑誌」「読むと買う」「子どもと大人」は別の話
    2026/03/21
    本が売れない」と1990年代後半から言われ始め、四半世紀以上経った。リアル書店の閉店が相次ぐなか、2024年以降、国策による書店振興への取り組みが話題を集めた。だが、それらで語られている現状分析には誤りが含まれている。したがって有効な打ち手と言えない提言もある。たとえば日本人の読書量が減っているかのような前提で語られている。しかし雑誌は減っていても、16歳以上の書籍の読書量や読書率は、多少の変動はあれど、長期的に見れば横ばいである。出版産業の問題は「読む」ではなく「買う」にある。だから「読書推進」ばかり打ち出しても、産業振興あるいは出版社や書店の日々の商いの観点から言えば必ずしも意味がない。もちろん読書推進は読書量を増やし、すそ野を広げるためには重要だ。しかし安易に読むことと買うことを混ぜるべきではない。もっと言うなら、「今の人は読まないからしょうがない」的なとらえかたはやめよう、という話だ。日本以外の先進国では書籍市場が横ばいないし微増という国がめずらしくない。しかもほとんどの国では、紙の本が安定的に売れている。年々縮小を続ける日本の紙の書籍市場は、先進国では例外の部類に入る、いわば「負け組」である。何が日本と外国で違うのか。また、欧米で行われている施策で、日本でも参考にできるところはないのか。本書のタイトルは『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』というものだが、ここでいう「本」は紙の本だけではなく、出版物のデジタルコンテンツ(デジタルパブリッシング)も含む。リアル書店が苦境を続ける一方で、2024年のマンガ市場は紙と電子を合わせて7000億円以上という史上最高の推定販売金額となり、電子コミックがその成長を牽引している。ではなぜマンガだけがⅤ字回復に成功したのか。なぜマンガ以外は「電子のほうが大きい」とはならないのか。デジタルコミックを伸ばした手法や考え方は、紙の本の売り伸ばしに応用できないのか。本書では出版業界の課題をめぐる神話、クリシェ(決まり文句)を排して真の課題を特定し、先進事例やマーケティングの学術研究から判明した示唆をもとに、打ち手を提案していきたい。筆者はもともと出版社で雑誌や小説の編集者をしていたから、出版社側の視点もわかる。自分もフリーランスの物書きだから、個人のクリエイターが食っていけるようになるにはどうなればいいかという視点もある。書店についての本も書いたから本屋側の事情もわかる。本書はこれらの視点を章やパートによって切り替えながら進むという、ちょっと変わった本になっている。読者によってどの立場に近いかはまちまちだろうが、「そちら側からはそういうやり方があるのか」「そういう苦しさがあるのか」と相互理解がなされた方が連携しやすくなると思っている。あらかじめお断りしておくと、「本を売るには」といったときに出版社の人間が真っ先にイメージするような書店営業やSNS運用、広告出稿のコツのような話、書店の方がイメージするような仕入れや棚づくり、ディスプレイのしかたの話などはしていない。そういった現場寄りの知見はもちろん非常に重要だが、それらは出版社の営業や広告担当、書店員同士でノウハウを共有してもらえば済む話だ。「出版ジャーナリスト」である筆者の領分ではないと思っている。本書は、むしろそういったことに意識が向いているさいに脇によけられがちな「そもそもの現状と課題」についての俯瞰的な視点を提供することを意識して書いた。「与えられた日常の業務をどうするか」のヒントになる話ではなく、それを時代に合わせて「見直すための前提」を整理した本である。世の中のいわゆる「本屋本」、出版についての本にはほとんど書いていないようなことを扱っているから、面喰らう読者も多いだろうが、それこそがねらいであり、本書の特色、ウリだ。「雑誌の集客力が書店に人を運んできてくれた」時代が終わり、「本が出(てい)ることを知ってもらい、店に来てもらうための動機・導線づくり」から設計...
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  • 2000年代前半のウェブ小説書籍化 自費出版・掲示板文化・ガラケーサイト オンライン発、自費出版のヒット作『オルゴール』 第一次ケータイ小説ブーム 『Deep Love』 出版社系携帯小説配信サービス 『いじわるペニス』『クローズド・ノート』 「楽園」での高評価を受けて新人賞投稿に至った米澤穂信『氷菓』 アルファポリスのドリームブッククラブ
    2026/03/15
    飯田一史『ウェブ小説30年史』の2000年代前半についてのAI解説音声です。■アルファポリスのドリームブッククラブ 2001年に起こった重要な出来事は、5月にアルファポリスが第1弾書籍である、桃『夜を旅する童話たち』を刊行したことだ。 アルファポリスは2000年8月に法人を設立し、同名のサイトをオープン。「アルファポリス」、つまりウェブ上にある都市なのだと謳っている点には、小説家のウィリアム・ギブスンが1984年の『ニューロマンサー』で世に広めた「サイバースペース」という概念からの流れを感じさせる。また、iモードの立役者のひとり夏野剛が『あ・ら・iモード』(日経BPコンサルティング、2002年9月刊)で語った「ネット上のプラットフォームのやり方は都市開発と同じで、良いサービスを作ってもそこに入るテナントがよくないと成功しない」という持論や、GMOインターネットの熊谷正寿が「線路敷設→百貨店・スーパーなどのショッピング施設を開店→遊園地など娯楽施設建設」という鉄道系財閥が築いたビジネスモデルをインターネットでも踏襲するべきだと考えた「インターネット鉄道経営論」といった同時代のネット起業家との近似性を感じさせる[1]。小説投稿機能が一世を風靡した魔法のiらんども、「ランド」という空間表象を名前に用いている。 アルファポリスは2001年9月に「ドリームブッククラブ」を開始した。 ドリームブッククラブは何度かしくみを改訂しているが、Internet ArchiveのWayback Machineで確認できる最古のページ(2001年4月15日)では、著者がアルファポリス上に作品を公開(アップ)してから3か月のあいだに1冊1000円(送料込み)での100冊の購入予約が集まるか、1口1万円で募る合計投資額が出版金額をクリアすれば、初版500部で商業出版できる、というしくみだった。 なお、このときの規約には「予約や投資が集まらなかった作家は自費出版も選択できる」との一文があり、「自費出版とウェブ小説の近さ」はこの時期のアルファポリスについても指摘できる。 ただしドリームブッククラブと自費出版とでは、ビジネスモデルが根本的に異なる。自費出版は、素人が書きたいものを書く「プロダクトアウト」での出版だ。それゆえ、売上的には死屍累々にならざるをえない。読者(客)がいるのかどうかわからない状態で出してみて世に問うものだからだ。ドリームブッククラブの画期性は、先に読者と制作資金を集めてから刊行するという「マーケットイン」の発想に基づき、ヒットの目を見つけやすくしたことにある。このしくみがあれば、たとえ重版がかからなくても一定数は必ず売れるために版元としてのリスクは少なく済み、最低でも確実に「100人読者がいる」と実感できることで作家も支援者である読者も満足できる。 対して自費出版ビジネスの雄・新風舎は「自費出版でも『全国配本』を謳っているが、全然書店に置いていないじゃないか」という著者たちの不満が高まっていく。2007年7月には著者から訴訟を起こされ、悪評が広まったことで2008年1月には破産申請、2010年2月には破産廃止(倒産)した。 一方、アルファポリスは創業以来20年以上にわたって右肩上がりの成長を続けていく。「読者を集めてから本を出す」という今日では一般化したウェブ小説書籍化のビジネスモデルが、「読者がいるかわからないが書き手にカネを出させて本を出す」モデルに勝利したのだ――そしてこのモデルはプロ作家が書いた本よりも打率が高く売れる本を量産することにもなる。ドリームブッククラブの開始とスターツ出版による『Deep Love』の商業出版はほぼ同時期の出来事だった。それまで小説の評価は、新人賞にしろプロ作家を対象にした文学賞にしろ、基本的には選考委員(作家、批評家、編集者などのプロフェッショナル)による「定性的」な評価が基本だった。もちろん『週刊文春ミステリーベスト10』『このミステリーがすごい!』などのようにアンケート集計式のランキングも1970年代から存在...
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