#284【通史】世界史⑭:欧米国民国家の形成2:ウィーン体制その2
カートのアイテムが多すぎます
ご購入は五十タイトルがカートに入っている場合のみです。
カートに追加できませんでした。
しばらく経ってから再度お試しください。
ウィッシュリストに追加できませんでした。
しばらく経ってから再度お試しください。
ほしい物リストの削除に失敗しました。
しばらく経ってから再度お試しください。
ポッドキャストのフォローに失敗しました
ポッドキャストのフォロー解除に失敗しました
-
ナレーター:
-
著者:
教科書レベルの世界史(通史)が1日5分、ながら聞きで学べます。第258回目は「ウィーン体制その2」【オリジナル基本文】⇒【補足解説】の順に進めます。
◇オリジナル基本文
ウィーン会議は、各国の利害が対立したため交渉は難航し、華やかな舞踏会や宴会が連日のように開かれたことから、「会議は踊る、されど進まず」とも評された。それでも1815年にはウィーン議定書がまとめられ、ナポレオン戦争後のヨーロッパの枠組みが定められた。
その結果、ドイツでは神聖ローマ帝国に代わって39邦からなるドイツ連邦が成立し、オーストリアがその中心的地位を占めた。また、フランス北方にはオランダとベルギーを統合したネーデルラント王国が置かれ、プロイセンはライン地方などを獲得した。オーストリアは北イタリアへの支配を強め、ロシア皇帝を国王とするポーランド王国も成立した。さらにイギリスはセイロン島やケープ植民地などを獲得し、海外での優位をいっそう強めた。
こうして成立した国際秩序を「ウィーン体制」という。
adbl_web_anon_alc_button_suppression_t1
まだレビューはありません