『身体の教養ラヂオ』のカバーアート

身体の教養ラヂオ

身体の教養ラヂオ

著者: 大沼竜也
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大沼竜也(おおぬま・たつや) 鍼灸師。1991年宮城県生。 身体の教養──自分の身体の状態を感じ取り、自分で調整できるようになること。読み書きと同じように、誰もが身につけるべきリテラシーだと考えています。 漠然とした不安、疲れ、行き詰まり。その原因を思考で探しても、また同じ不調が戻ってくる。身体の状態が変わっていないからかもしれません。 身体は常に何かを感じています。あなたが気づいていなくても。この「感じ」が、気分も判断も行動も──暮らし全体を方向づけています。 身体の構造を知り、自分の身体に通し、感覚が立ち上がる。コーヒーを飲む、本を開く、誰かと話す。行為は同じでも、身体の状態が変われば暮らしの質が変わります。 自分の手で触れ、ゆすり、さする。感じて、解いていく。僕はこれを身体動態瞑想と呼んでいます。瞑想は身体的な行為であり、感じ解いていくことです。 変われないのは、あなたのせいではありません。身体が固まったまま思考だけで何とかしようとしている構造のせいかもしれない。この番組では、身体の教養という視点から暮らしを見つめ直します。 ▼ 話している人について https://www.somaticstudiojapan.com/newsletter大沼竜也 心理学 心理学・心の健康 衛生・健康的な生活
エピソード
  • 会話で大事なのは、何があったかじゃない
    2026/06/16
    「ちゃんと話を聞いたつもりなのに、なぜか相手とのあいだに距離ができてしまう」。

    会話で大事なのは、何があったかという事実ではなく、どう感じたかという体験のほうなのだと思います。そしてその体験は、頭ではなく身体に起きています。

    対人支援を仕事にしている方も、そうでない方も。あなたと、目の前の誰かとのあいだに毎日起きていることの話です。

    この夏の私塾募集にあわせた、コミュニケーションをめぐる三回シリーズの第一回。「ちゃんと聞かなきゃ」と力むと身体が固まって、かえって相手の体験を追体験できなくなる。受け止めたものを自分の中で閉じ込めず、自分の体験も返しながら、相手の体験を掘り下げて聞いていく。その身体的な土台についてお話ししました。

    ― チャプター ―
    00:00 対人支援は、つきつめればコミュニケーション
    03:33 コミュニケーションは、生きることそのもの
    06:09 「ちゃんと聞かなきゃ」と力むと、相手が遠くなる
    10:13 受け止めるのはいい。でも飲み込まれると共感疲労
    15:03 「悲しい」を「辛い」で塗り替えない
    18:50 事実だけ追うと、古い傷を開く ── トラウマの正体
    24:46 体験を、掘り下げて聞く
    31:35 足を持って揺らす ── これは、あなたの話

    ブログ版(書籍情報カード・因果フロー図付き)はこちら。
    https://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma-blog/what-matters-isnt-what-happened

    身体の教養ラヂオ/のんべんだらりと暮らすだけ

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    40 分
  • 「変われない」と「知ったかぶり」|宮崎駿と知ったかぶりの身体
    2026/06/07
    本を読んでも、学んでも、なぜか変わらない。

    それは頭が悪いからではなく、画面を指でなぞるように「知った気」になっていて、身体がどこへも出かけていないからかもしれません。

    宮崎駿が十五年前にiPadへ放った一節を手がかりに、「わかる」と「知ったかぶり」の境目を、身体から考えてみます。

    スタジオジブリのフリーペーパー『熱風』2010年7月号「ぼくには、鉛筆と紙があればいい」。そこで宮崎駿は、画面をさする手つきを「自慰行為のよう」と言い、「あなたには調べられません」と言い切りました。情報がいくらあっても、その対象へ出かけていける身体がなければ、調べたことにはならない――。

    ライブで初めて曲の良さが「わかる」瞬間、他人の汗の上澄みだけを掬う「受け売り」、「カメラを持っていくな、記憶で描け」という宮崎の調べ方、そして施術室で出会う「学んでも変わらないんですよね」という身体。道具の問題ではなく、手つきの問題なのだと思います。

    ――あなたの指は、今、何を撫でているでしょうか。

    〈チャプター〉
    00:00 電車で、画面を指でさすっている ── 宮崎駿の予言
    04:39 わかった気になるのは、気持ちいい
    10:08 「わかる」には二つある ── ライブで初めて分かる
    19:03 「あなたには調べられません」
    26:55 受け売り ── 他人の汗の上澄みを掬う
    35:33 カメラを持っていくな、記憶で描け
    39:06 「学んでも、変わらない」と言う身体
    46:03 あなたの指は、今、何を撫でているか

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    50 分
  • 【後編】子供の飛び方から、大人の飛び方へ|身体の教養とは何か
    2026/06/02
    自分を分析するツールはたくさん試した。MBTI、HSP、ストレングスファインダー、エニアグラム。自己理解はできているはずなのに、なぜか生きやすくなっていない──そんな停滞を感じたことはありませんか。それは「俯瞰で意識的に見つめる」つもりが、いつのまにか頭の中だけで完結する「思考の檻」になっているからなのかもしれません。今回は宮崎駿監督の「俯瞰で意識的に見つめる」を身体の方から読み替え、「身体の教養」とは何かを話していきます。「キキはなぜ飛べたのか|宮崎駿『血で飛ぶ』と身体の話」シリーズの後編です。後編(今回)でお話ししているのはこんな内容です。・宮崎駿「いくつになっても成長したいなら、自分を俯瞰で意識的に見つめる態度が必要」・デカルト「我思う、ゆえに我あり」が遺した、身体を置き去りにする思考の罠・「思考の檻」──記号と物語だけで自分を捉えようとする状態・体を観察するのではなく、体に同一化する/体に問いかける・メルロ=ポンティ後期の言葉「反省とは、自己との差異の欠如、沈黙せる同一化である」・第二次言語(HSP・愛着障害・人見知りといったラベル)と第一次言語(ふわーっと・ここが詰まる・なんて言っていいかわからないけど…)・中動態──涙が出る、眠くなる、心が動く、その仲間としての「身体に焦点を当てて待つ」・養老孟司の「手入れ」──庭師は庭を完全に管理できない、けれど手は離さない・キキの最後の飛行、トンボを助ける場面で身体に起きていたこと・身体合理性と理性の循環──野生を抑え込むのではなく、承認し、豊かに開いていく・子供のままの飛び方ではなく、大人の飛び方として3回のシリーズの締めくくりです。「学んでも変わらない」「分析するほど苦しくなる」と感じている方に、特に聴いてほしい一本です。------身体の教養ラヂオ/のんべんだらりと暮らすだけお手紙・ハガキ募集中です。〒981-0811宮城県仙台市青葉区一番町一丁目12-39-503大沼鍼灸 宛話している人についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma#身体の教養 #ソマティクス #魔女の宅急便 #ジブリ #中動態 #養老孟司 #メルロポンティ #身体知の書庫
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    26 分
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