神の約束を生きる(創世記15章1節~7節)
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序)
・前回はアブラムが迷いながらも、神様を礼拝し続けたことを見ました。
・今日は、神様がくださった未来を、アブラムがどのように受け取り、歩んだのかを見ます。
1)「子どもがいない」ことは、アブラムの大きな痛みでした(15 章 2~3 節)
・「神様、何をくださるのですか」。これは、もっと欲しいという不満ではありません。「私の人生は、この先どこにつながるのでしょうか」という、心からの問いでした。
・家族の死、途中で止まった父の旅、ロトとの別れ。そんな経験をしてきたアブラムにとって、跡を継ぐ子どもがいないことは、大きな痛みでした。私たちも、言葉にしにくい不安を、神様にそのまま話してよいのです。
2)神様は、アブラムに未来をくださいました(15 章 4~6 節)
・最初に動かれたのは神様です。神様はアブラムを外へ連れ出し、星空を見せて、「あなたの子孫はこのようになる」と約束されました。
・信仰とは、何もせずに待つことでも、「きっとうまくいく」と思い込むことでもありません。私たちは、暮らし、働き、考え、選びながら、神様の約束を忘れずに歩みます。日々の選択の中で「これでよかったのかな」と振り返ることもあります。アブラムたちが選び取ったことの中には痛みもありました。しかし、神様は約束を取り下げませんでした。
3)神様がくださった未来は、神様のものです(22 章 1~19 節)
・イサクは、ずっと待ち望んだ子どもでした。アブラハムにとっては、「自分の人生は、この子によって未来につながっていく」と思える存在でした。
・でも、イサクはアブラハムの所有物ではありません。問われたのは、イサクを握りしめるのか、それともイサクをくださった神様を信頼し、忠実に歩むのか、ということでした。アブラハムは、神様なら死者からもよみがえらせることができると信じ、イサクを神様にゆだねました。
結)イエス様から目を離さない(ヘブル 12 章 1~2 節)
・十字架の苦しみの中でも、父なる神様を信頼し続けたイエス様を見上げましょう。
・そして私たちには、私たちを雲のように取り巻いている、信仰の証人たちが数多くいます。そしてあなたも、だれかにとっての信仰の証人です。互いに励まし合いながら、私たちも神様に忠実に歩んでいきましょう。