『番外編#02 伝統・文脈・継承 ── 老舗・妙香園が体現するブランドの審美眼』のカバーアート

番外編#02 伝統・文脈・継承 ── 老舗・妙香園が体現するブランドの審美眼

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10月19日まで。※適用条件あり
名古屋・金山のTOUTEN BOOKSTOREで行った公開収録、全3回の2回目です。ゲストは、1916年に名古屋の熱田で創業した日本茶専門店・妙香園の4代目、田中良知さん。2020年、コロナの第一波のさなかに社長に就いた田中さんは、「守り8割・攻め2割」だった考え方を「攻め8割」へ切り替えました。的場仁利さんと纐纈智英は、110年続く妙香園が何を守り、何を変えてきたのかを、ブランドの審美眼という視点で田中さんに尋ねます。▼番組への感想、MCへのメッセージは以下までお寄せください。matnuovo@gmail.comXでは「#デザイン審美眼」としてポストしてください。▼このエピソードで話していること・田中さんが社長に就いたのは2020年3月末。翌月には名古屋にも緊急事態宣言が出て、新茶の時期と重なった。不運を嘆く田中さんに、父親は電話で、業績が落ちても責任は田中さんにないと言い、「こんないい時ないぞ」と伝えた。高校を出てすぐ妙香園の店頭に立った田中さんは、お客様の多くが60代以上で、家庭で急須を使う習慣が崩れ始めていることに危機感を持っていた・田中さんによると、名古屋は日本で最も抹茶を消費する地域で、妙香園でもお客様の2割ほどが抹茶を買う。愛知県は和菓子屋の数も和菓子の消費額も全国一で、リビングで抹茶を点てて飲む文化が残る。江戸時代から続く茶屋が多い名古屋で、後発の妙香園は名物としてほうじ茶を選んだ。いまも栄と名古屋駅の地下街の店でガス直火の焙煎を続けている。現行の消防法では新たに認められない設備で、香りは東西南北100メートルほどに届く・麦茶をパックに入れたのも、お茶に脱酸素剤を入れたのも妙香園が最初だったと田中さんは話す。70年ほど前に作ったほうじ茶の赤と金のパッケージは、当時の同業者に「気が狂ったか」と言われた。保守本流の祖父のもとで、何度も却下されながら通った挑戦がいまに残っている。田中さんの考え方を変えたのは、矢場町のとんかつ店の社長の「お茶にミルクを入れて、なぜいけないのか。決めるのはお客さんだ」という言葉だった・社長就任と同時の2020年4月に、MYOKOEN TEA STOREを開いた。漢字の墨文字では老舗らしさが前に出て入りにくいと考え、若い人が気軽に入れるよう店名をアルファベットにした。続けて、社内でタブーにしていた「看板のほうじ茶より高い商品」として、原材料に約6倍の費用をかけた「名古屋ほうじ茶 鸞」を作り、120回ほど試作を重ねて仕上げた。いまはお客様に20代、30代も加わり、社員からは「昔なら却下された案が通るようになった」と言われている・熱田の老舗4社(あつた蓬莱軒、きよめ餅総本家、亀屋芳広、妙香園)が組んだ「あつた宮餅」は、串カツ店での酒の席で決まった。あつた蓬莱軒の鈴木さんの「特徴がなければすぐ埋もれる。ここに来ないと買えない味にしろ」という助言をもとに味を決め、テレビで30回ほど取り上げられた。妙香園が創業以来大切にしてきた言葉は「茗茶潤心」(良いお茶は人の心を潤す)。お茶を中心に残しながら、田中さんは米や味噌、醤油、酒まで扱う「和の総合商店」と、健康になれる商品を目指している▼こんな方におすすめ・家業を継ぎ、守ることと変えることの配分に迷っている・老舗の看板や商品を、若い世代に届く形で見せ直したい・地域の同業者やライバル店と組んで、新しい商品を作りたい・名古屋のお茶の文化や、妙香園のほうじ茶に関心がある・社員から上がってくる案を、どう受け止めるか考えている▼MC的場 仁利(Mat N. Studio 代表)https://japan-designers.jp/profile/1453/タイポグラフィーの論客として、多数のデザイン書に携わる。高校でデザインを学び、大学で技術経営を専攻。営業職として年間1億円超の案件を担当した経験も持つ。現在は本・冊子・パッケージのデザイン、タイポグラフィ執筆を手がける傍ら、浮世絵・春画をモチーフにしたアートプロジェクト「艶絵グレース」のクリエイティブディレクターを務める。中部デザイン協会75年誌のブックデザイン・編集に携わるなど、デザインと経営の両面に精通。公益社団法人日本グラフィックデザイン協会会員、アドビ ...
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