『田舎坊主の読み聞かせ法話』のカバーアート

田舎坊主の読み聞かせ法話

田舎坊主の読み聞かせ法話

著者: 田舎坊主 森田良恒
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このコンテンツについて

田舎坊主の読み聞かせ法話 田舎坊主が今まで出版した本の読み聞かせです 和歌山県紀の川市に住む、とある田舎坊主がお届けする独り言ー もしこれがあなたの心に届けば、そこではじめて「法話」となるのかもしれません。 人には何が大事か、そして生きることの幸せを考えてみませんか。田舎坊主 森田良恒 スピリチュアリティ
エピソード
  • 田舎坊主の闘病日記ー腰の骨が溶けたー<おわりにー生命力と魂のありか>
    2025/06/12

    「あとがき―生命力と魂のありか」

    妻敏子(パーキンソン病歴15年・要介護五度)は、平成29年6月16日、 訪問看護師に対応していただいているとき、突然、心肺停止して救急でN病院に入院しました。

    看護師の適切な対応で一命を取り留め、約10分後に心臓も呼吸も回復し、意識が回復しました。聞けば心肺停止から蘇生する確率は1~7%だそうです。しかも10分間心停止していたにも関わらず、まったく後遺症も残さなかったことは奇跡だそうです。

    少し落ち着いた日にK病院に転院し、嚥下リハビリを中心に行い順調に快復したことは関わっていただいた医療関係者のご尽力もさることながら、お大師さま、お不動さま、そして「病に苦しむ人に寄り添い、苦しみを取り除いて下さい」との心願で平成17年自坊に発願建立した「おたすけ地蔵さま」のご加護と、心から観じている次第です。

    妻は2年前には8ヶ月の胃ろう生活を乗り越え、主治医をして「回復しての胃ろう抜去はあまり経験がない」と言わしめた、胃ろうからの卒業を果たしました。そして今回は心肺停止からの蘇生、しかも後遺症なしという奇跡でした。

    胃ろう設置・抜去、心肺停止と、そのたびに妻は生命力の強さを教えてくれました。「命」のたくましさとありがたさに唯々感謝したのです。

    私自身も入院を含め約一年の闘病で、インターネットで見つけることができなかった化膿性脊椎炎の完治を果たすことができました。私にも少なからず生命力のたくましさが残っていたのでしょう。

    8月16日、1回目の心肺停止を乗り越え退院した妻は次の日から順調に日常生活を送れるようになっていきました。2人でドライブをし、美味しいものを食べ、庭の花いじりをし、デイサービスでは孫のために粘土細工でペン立てを作るなど楽しい日々が続いたのです。

    一週間後23日の通院では、主治医から「元気になってよかったね、薬は二ヶ月分出しとくから」といわれ、笑顔で手を振って診察室を出たのです。

    翌24日には、朝からいそいそと洋服を着替え、デイサービスでは一般浴にも入り、好みの粘土細工や軽い運動を楽しくできたことを喜んで帰ってきました。

    しかし、帰宅後の午後4時から訪問看護を受けるのですが、そのときに突然心停止の状態に陥ったのです。

    2回目の心肺停止は想像だにしていませんでした。再び心臓マッサージをするかしないかは私にとっては究極の選択でした。このときの葛藤はずいぶん長い間、私の心から薄まることはありませんでした。


    通夜葬儀には、妻がパーキンソン病に罹る以前からボランティアとして関わった同病の仲間や難病患者会の患者さんたちも病気を押して参列し送ってくれたのです。

       *

    満中陰を済ませたあと、子どもたちが気分転換にと妻とお参りしかけていた西国巡礼札所に行こうと、声をかけてくれました。札所に着くと納経堂でお軸にご詠歌を書いていただき、本堂の前で般若心経をお唱えし、「敏子、残りの札所はこれからお参りするから見守ってや」と心で願いました。


    お参りも終わり、孫たちの買い物があるということで、あるショッピングセンターの駐車場に車を止め、ドアを開けたとき、場内放送のアナウンスが聞こえたのです。

    「・・・お越しのモリタトシコさま・・・」と妻の名前を。。。

    みんなびっくりして顔を見合わせました。まるで妻も一緒に来てるような放送なのです。

    私は胸が熱くなり、孫たちに「きょうは、ばあちゃんも一緒に来てるんやなあ」と話しかけました。


    この日のことは、妻がみんなを守るように寄り添い、行動を共にしているようで、田舎坊主の私に「魂のありか」をまざまざと示してくれたように感じた、不思議な出来事だったのです。

    合掌

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    9 分
  • 田舎坊主の闘病日記ー腰の骨が溶けたー<妻の旅立ち>
    2025/06/05
    ■妻の旅立ち2017月6月5日10:00大便あり。わしが妻の毛染めをする。2017月6月7日K病院外来通院。朝食べるのが遅くなって薬が効きにくく、昼前の薬も遅れて、そのあとすべてジスキネジア(不随意運動)がでて調子は今までで最悪。夕食もまともに食べられず。2017月6月8日16:00大便あり。今日はジスキネジアなしでありがたい。2017月6月9日昨夜一二時大便あり。今日二人の結婚記念日でケーキを買ってくる。2017月6月10日妻をドライブに、いずみの里へ。帰りに串柿の里でパンを買う。ソフトクリームにかぶりつく笑顔は最高やった。退院できて、おいしいものを食べられてほんとうによかった。2017月6月12日17:00大便あり2017月6月14日橋本のソバ屋へお昼を食べに行く。帰りに道の駅へ行って仏壇の花を買う。2017月6月16日妻、訪問看護で摘便の最中に意識がなくなり救急でN病院に入院。16:00、デイから帰るといつものように薬を飲んでお菓子を食べた。少し薬が早く切れているみたいだったので、早く座るようにせかす。16:00過ぎ、訪問看護師二人がみえてバイタルを測るときにジスキネジアがはじまり、そのまま部屋に入り摘便を始める。10分ほどして訪問看護師さんが妻の名前を大声で呼ぶので、部屋をのぞくと訪問看護師から「お父さん救急車呼んで!」といわれ、119に電話する。呼吸もなく心停止の状態。119番からは「心臓マッサージをしてください」ということで、蘇生マッサージをしているとすぐ救急車到着。薬と保険証をもって同乗し、N病院へ。救急室に入って30分あまりで「心臓も呼吸も安定してます」といわれる。ただ意識がないので入院となる。その夜、持参の薬を飲むもジスキネジアが強く一睡もできず、付き添う。2017月6月17日絶食で薬は通常通りの量を鼻から注入。やはりジスキネジアがひどい。昼過ぎみんなで妻の足のマッサージをしてくれている間に六階の食堂に食べに行く。妻が運ばれてから初めての食事。夜、担当医より「薬を減量してようすを見ます」ということで午前6時から三時間ごとのメネシット一錠とコムタンに決まる。19:00ごろ一度帰ってシャワーをして着替えて病院に戻るが、わしの背中の筋肉が痛み出した。2017月6月18日6:00から投薬再開。薬が効かないのでジスキネジアも出ない。ただ心臓マッサージのため筋肉が壊れているということで高熱と褐色尿が続く。幸い、朝から少ししゃべれるようになる。意識は順調に快復を見せてくれている。がんばれ。2017月6月19日体温も下がり始めるし、尿の色も薄くなってきた。嚥下リハビリをしてみて呑み込みを調べると主治医。しゃべれるようになると、水を飲みたい、コーラを飲みたい、抑制ベルトを外せとうるさい。午前9時の服薬のあと11時過ぎからジスキネジアが出る。12時の服薬のあと午後2時20分頃からジスキネジアきつく現れる。やはり薬が切れるころのジスキネジアが強い。わしは妻が入院してからはじめて帰って家で寝る。2017月6月21日体調が落ち着いてくればK病院へ転院とのこと。2017月7月5日K病院へ転院。嚥下リハビリを中心に体力回復のための入院計画をいただく。2017月8月16日お盆が終わって一段落したので妻はK病院を退院。退院した妻は次の日から常食をむせることなく食べ、薬の調整もうまくいき日常生活を送れるようになっていました。家に帰れたことの喜びが薬になったのでしょう。2017月8月17日「暑いし体力もまだ回復してないから外に出ないように」と言うのに、ヒールの靴を履いてるのを見て「なに履いてんねや」と叱る。妻は「高くない」と言い張り、花が大好きな妻は庭の花をいじりだした。この日、訪問看護で摘便。万が一のため吸引器を貸してくれる。2017月8月20日退院後初めての10:00から訪問入浴。直前までジスキネジアあるが、10:20頃薬効ありで順調に入浴する。40CC浣腸、13:30大便あり。2017月8月21日楽しみにしていたデイサービスを開始する。7:20薬。8:20着替え順調。16:00順調に帰ってくる。体力がないのに暑い外に出たがるので困る。2017月8月22日退院後初訪問リハビリ。2017月8月23日K病院外来通院。先生から「元気...
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  • 田舎坊主の闘病日記ー腰の骨が溶けたー<妻の退院と胃ろうからの卒業>
    2025/05/29

    ■妻の退院と胃ろうからの卒業

    2015月11月27日

    午後から退院後のカンファレンス。ケアマネMさん、訪問看護師さん、デイサービス担当者さん、病院の看護師、リハビリ先生が参加してくれる。妻の退院も間近になってきた。

    2015月11月29日

    妻に退院の話をすると「寒くても家の方がいい」と妻が言う。そらそうやなあ。あした迎えに来るといって帰ってくる。

    2015月11月30日

    妻退院。長い間よく頑張りました。

    夜9時、コムタンをやめてレキップ2㎜gを追加した。マイスリーも注入した。

    これからは家で妻の胃ろう(PEG)からの薬注入一日9回の日々が始まる。がんばらなければ。


    ※退院後、しばらく調子のいい日が続いてくれました。

    2016月1月20日

    K病院通院、主治医から「経口で薬を三週間飲んでうまくいけば胃瘻を取り外すことにする」と。

    2016月2月1日

    8:00座薬。8:50大便通常量。

    2016月2月2日

    7:00のメネシット(パーキンソン病主薬)を1錠に減薬したらOFFになり、感情失禁。

    2016月2月3日

    8:15座薬、8:30大便通常量あり。

    娘が住職を務める薬師寺までいっしょに往復散歩する。

    2016月2月4日

    久しぶりに妻を家の風呂に入れる。

    2016月2月10日

    K病院通院。三週間順調に口から薬を飲むことができたので胃ろう抜去する。あっという間に抜き取りました。先生に「胃ろうは何回もつけてきたけど、抜き取るのははじめてや」と言われました。

    これからは服を着るのもお風呂に入るのも少しは楽になりそう。

    夕食までは食べられないので点滴してもらう。

    2016月2月11日

    8時15分座薬、8:30大便通常量あり。

    眠剤を飲んでから食べるので困る。食べている途中から眠気がきて、食べさせるのが困難になるからだ。

    夜の薬を飲んだら食べない、ベッドに入る、このことを心に決めることが一番なのに・・・。

    午前3:30ごろから「亡くなったおじいちゃんがお茶を欲しがってる」とキッチンでお茶を入れて仏壇に供えてる。「こんな夜中にせんでも」というが聞かない。


    ※このあと週二回のデイサービスと訪問看護を利用し始める。このデイサービスは妻がずいぶん楽しみにしてくれ、このあと約4ヶ月の間、充実した日々が続きました

    合掌

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ナレーション
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ストーリー
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