『思秋期という危機|聞いてないオジサンの自慢話』のカバーアート

思秋期という危機|聞いてないオジサンの自慢話

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「私は、役割を取り去ったら何者なのだろう?」 人生の前半では、仕事や家庭、社会的な立場など、さまざまな「役割」を身につけながら生きています。 けれど、人生の後半になると、定年や環境の変化、身体の衰え、そして身近な人の死などを通して、これまでの肩書や役割だけでは自分を支えられなくなる時がやってきます。 河合隼雄さんの『無意識の構造』で紹介されていた「思秋期」という言葉。 思春期が「自分は何者なのか」と問い始める時期だとしたら、思秋期は、これまで築いてきたものをいったん脱ぎ捨てて、「本当の自分は何を残したいのか」を考える時期なのかもしれません。 今回は、病院で出会った「聞いてもいないのに、昔の肩書を語り出すオジサン」の話を入口に、人生の後半をどう生きるのか、そして「死」を意識することで見えてくる「生」について考えてみました。 肩書という鎧を脱いだとき、最後に残るものは何なのか。 そして、これからの人生で、自分は何を残していくのか。 50代になった私自身の実感も交えながら、お話ししています。 「思秋期」を、衰えていく時期ではなく、身軽になって、本当の自分を生き始める時期として考えてみませんか。 吉と凶の枠を超えて、安心の未来へ。 今回も、ゆっくりお聴きいただけたら嬉しいです。 高天麗舟の鑑定はコチラから https://www.reishu-takama.com/ --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/69a574e8a26898585587dd49
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