『ひとりひとりの人生・オンリーワン』のカバーアート

ひとりひとりの人生・オンリーワン

ひとりひとりの人生・オンリーワン

著者: Talk Shift
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概要

特別な人でなくても、一人ひとりに価値 ① 1人1人素敵なものを持ち、1人1人違う人生を歩んでいる。でも、みんな気付いていない、、 だから、あなたのオンリーワン(失敗、成功、キャリア、価値観など)を発信します。 世の中には色々な人、考え方、価値観を知ることができます。 「自分は狭い世界で生きていたな~。こんな人生もあるんだ」と自分を変えるキッカケ、感動、刺激、楽しい人生になると最高です。 ② この番組は、有名人ではなくとも、身の回りの方々の物語を紡ぎ出す特別な番組です。 私たちの周りには、スポットライトを浴びることのない素晴らしい人生が無数に存在しています。 「オンリーワン」は、そんな"普通の英雄たち"の物語を、深い対話を通じて紡ぎ出していきます。ここでは、テレビでは決して語られることのない、人生の真実の物語が展開されます。 ③ 番組の特徴的なのは、単なるインタビューではなく、国際コーチICF資格を持ったプロのコーチとの深い対話を通じて、ゲスト自身も気づいていなかった自分の価値や人生の意味を掘り起こしていくところ。 ④ さらに、この番組はゲストの方の「人生の名刺」としても活用できます。自分の価値観や生き方を、音声という温かみのある形で残すことができるのです。 ⑤ テレビや雑誌では決して語られることのない、しかし確かにそこにある輝かしい人生の物語。それがオンリーワンです。Talk Shift 個人的成功 自己啓発
エピソード
  • #109 生きる屍から、人間に戻った依田さんの7年間の壮絶人生物語 ②
    2026/02/12

    今回のゲスト・依田さんは、
    かつてはバリバリ働くキャリアウーマンでした。

    私は大丈夫

    みんな、同じことを言いますよね。

    依田さんも、そう言いながら、休みなく働き続けた結果——
    自分自身が病気になるという経験をしたのです。

    全身真っ黒、体重30kg、余命宣告——

    それでも彼女は立ち上がった

    「もう家で、一人で死んだ方がマシ」
    そう思った女性が出会ったのが、
    何千年もの歴史を持つ「中医学」の知恵でした。
    奇跡の回復を遂げるまでの人生物語です。

    元気とは何か?
    私たちが忘れかけている「生きる」という意味とは?
    その答えが、この30分の中にあります。


    PS
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    27 分
  • #108 売上120億の頂点から、爪も髪の毛もなくなる入院生活、依田さんの働きすぎた人生物語①
    2026/02/11
    「こんな人生、ドラマでも信じてもらえない」徹夜続きのバブル期の電通プロックス。タクシーチケットを振っても、タクシーが来ない時代。 朝3時、4時に家に帰り、シャワーを浴びるだけの日々。そんな激務の中、彼女はCMを作り続けた。電通プロックスを退職した依田さんはドクターデヴィアス化粧品という高級化粧品ブランドで、売上120億を達成。さらにプロデューサーとして独立。 華やかなキャリアの裏で、彼女の身体は確実に蝕まれていった。 今回のゲストは、依田侑香里さん。現在の肩書きは「医学气功師」と「国際中医薬膳師」。でも、そこに至るまでの道のりは、波乱万丈の人生。 1.シャワーのためだけに帰る家――バブル期、彼女の限界点撮影現場に女性がほぼいない中、依田さんは電通プロックスの関連会社でCM制作担当として働いていた。1年目から徹夜の連続。「家に帰るのはシャワーを浴びるため」という日々だった。しかし、会社でも休めない、家でも休めない。当時うつ病だった母親は彼女の帰りを待ってましたとばかりに母親は彼女の部屋に来て、ずっと喋り続ける、怒鳴り続ける。 父親は夜の10時に帰らないと、プロデューサーにまで怒鳴り込む人だった。限界を迎え、電通プロックスは病気が原因で退職することに、、、 2.一流企業から、4万3000円の部屋へ「私の人生、どうなるんだろう」母親から家を出たら「縁を切る」と言われる矛盾。 病気で電通プロックスを退職した彼女は、病気を治すために病气治療を経て月4万3000円のアパートで、ゼロからの人生を始めることを選んだ。 3.派遣から始まった、次の時代派遣社員としてようやく辿り着いたのが、NTTドコモの黎明期。 「携帯なんて売れるか」と言うおじさんたちの中で、彼女は毎月「何万台達成!」という時代の転換点を目撃する。 4.畑違いの挑戦が、会社を急成長させた「もう激務はやめよう」広告業界は好きだけどやめておこうと思っていたのに、やっぱり好きで正社員としてドクターデヴィアス化粧品の広報企画本部に入社。広告の人間なのに、商品開発。でも、それが運命の転機となる。彼女が関わった商品は、会社を20億、40億、80億へと急成長させた。ようやく掴んだ成功。ようやく見えた光。 8.独立し、限界は、静かに近づいていた依田さんはドクターデヴィアス化粧品を退職し、プロデューサーとして独立後はさらに過酷な仕事が加速します。 9.病院で目覚めたら、肌が黒くなっていた3年が経ったある日、彼女の身体は限界を迎える。 突然の入院。パジャマに着替えたところまでは覚えている。次に目が覚めたとき、依田さんは全身が真っ黒になっていた。最初は4人部屋だったはずが、気づけばナースステーション横の特別室に移されていた。 看護婦長さんがずっと付き添っていたという。「先生、これは何なんですか?私は黒人になったんですか?」医師も答えられなかった。 「免疫が間違ったとしか言えない。メラニンを大量に発生してしまったのかもしれない。元に戻るまで、1年はかかると思う」しかし1年では戻らなかった。3年経っても、彼女の肌は真っ黒だった。いや、今も完全には戻っていない。 10.爪、髪の毛がなくなり、老婆のような姿にそれは始まりに過ぎなかった。1日3食きちんと食べても、彼女の体重はどんどん落ちていく。髪の毛が抜け落ちた。爪までなくなった。「爪ってなくなるんだ」と、依田さんは驚いた。体重は30kgまで落ち込み、中の肉がなくなったせいで、座っているだけで骨が痛む。余った皮膚がペロンと垂れ下がる。太ももも、お尻も。顔はシワシワになり、まるで知らない老婆のようだった。トイレに行くたび、鏡に映る自分の姿を見て「誰、これ?」と思う。そして「ああ、私か」と気づく。自分の姿を忘れるほどに、彼女は変わり果てていた。身体だけではない。お金も、人も、すべてが消えていった。 12.もう、この人生を終わりにしてください3年が経ったころ、依田さんは毎晩、天に祈るようになった。全身真っ黒で、髪も爪もなく、体重30kg。お金も人も失い、「もう、この人生を終...
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    38 分
  • #107 失われた日本に必要な行動力がここにある、碇さんの人生物語②
    2026/01/13
    起業する気などなかった青年が、なぜ30億円企業を作れたのか。8年間も影に徹しながら、なぜ4億円を稼げたのか。そして、過疎地域の廃校で、なぜ新しいビジネスを始めたのか。 その答えは、彼の人生そのものの中にあります。起業を考えているあなたへ。逆境をチャンスに変えたいあなたへ。地方創生に興味があるあなたへ。一人ひとりの人生には、必ず学びがある。 1.高校卒業10日前、人生は始まったこの男、ただ者ではない。高校卒業まであと10日。普通なら卒業式の準備をしている時期に、高校を中退し、彼は家を出た。先輩の家に転がり込んで7日。「早く出てけ」と言われ、築地で住み込みの仕事を始める。そして1年後、結婚。さらに3ヶ月後には子供ができていた。20歳で父親になった男、碇さんの物語がここから始まる。築地で働きながら音楽活動を続ける日々。しかし、そこには「遅刻OK」「飲酒運転も薬物使用も黙認」という独特の世界が広がっていた。「ここにいたら人間的にやばい」そう感じた碇さんは、冷凍庫のオペレーター、半導体工場へと転職を重ねていく。 2.理解されない選択を、選び続けた人そんな中、北海道の実家から連絡が入る。父親が病気で手術が必要だと。中学生の弟を残すわけにはいかない。妻子を連れて北海道へ。父親は家業を継いでくれると期待していた。しかし碇さんの答えは違った。「2拠点生活をしよう」墓も2箇所、家も2箇所、仕事も家業と自分のやりたいこと、両方やればいい――。30年以上前、そんな提案をした男がいた。当然、理解されなかった。「お前とは意見が合わない」。再び東京へ。 3.今の若者に足りないのは「行動力」だ碇さんは語る。「今の子たちは頭がいい。でもリスクヘッジばかりで行動が足りない」「リスクヘッジじゃなくて、リカバリーで考える。右に曲がりながら方向修正する方が頭を使った方がいい」「やらない選択肢は誰でもできる。PDCAを1回転目でやめてしまう」この言葉、あなたの心に刺さりませんか? 4.Windows95前夜、パソコンとの出会いが人生を変える碇さんは、元々ミュージシャンを目指していた。しかし、現実は厳しかった。「パソコンで音楽編集しないと、これからのミュージシャンは売れないぞ」Windows95が出るか出ないかの時代。そんな言葉に後押しされ、半導体工場で働きながらパソコンを購入した。音楽の道を諦めた青年が手にしたパソコン。それが、彼の人生を大きく変える「原型」となった。半導体工場では、派遣法の制約で年間10ヶ月しか働けなかった。2ヶ月の空白期間をどう過ごすか。そんな時、中古パソコンのオークション会社のアルバイト募集を見つけた。「パソコンが安く買えるかもしれない」という軽い気持ちで飛び込んだその会社で、碇さんは中古パソコン販売の面白さに目覚める。世の中にほとんど知られていなかった、その可能性に。 5.「絶対に会社なんてやりたくない」と思っていた男実は、碇さんには起業する気など全くなかった。家業が自営業で、人を雇う側と雇われる側の間の苦労話をさんざん聞いていた。「絶対にこんなのやりたくない」。それが彼の本音だった。しかし、運命は彼を起業へと導く。中古パソコン会社で働いていた時、経営者から声をかけられた。「社員になるか、それとも独立して会社を持って、うちの業務を下請けしてくれないか」そして、あの提案が来た。「月額80万円で、アルバイト18人分の仕事をやってくれ」「計算が合わないんです。ちょっと預からせてください」どう考えても無理な話だった。普通なら、ここで断る。しかし、彼は違った。相手の会社の業務と自社の業務をうまく組み合わせる方法を考えた。数日後、彼は「逆提案」を持って再び、その経営者の前に現れる。場所を借りる、リソースを一緒に使う。条件を整えた逆提案を持って行き、「これを飲んでくれるなら80万円で受けます。飲んでくれないなら受けられません」と交渉した。経営者は、その提案を受け入れた。この一手が、のちに年商30億円を超える企業グループへの扉を開くことになる。冷静に考えれば、断るべき条件だった。...
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    19 分
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