たんぽぽの役割(ヨシュア記21章44節~45節)
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序)過去と未来を結ぶ御言葉
・聖書が「安息」について語る言葉は 2 つある。1 つは「シャバス」で、とても良い、完成された状態を指す。もう 1 つは「ヌアッハ」で、安息に向けて踏み出すことを指す。ヨシュア記 21 章は「ヌアッハ」である。
1)「ヌアッハ」が繋ぐ過去と現在
・ヌアッハが最初に使われるのが創世記 2:15「人を…エデンの園に置き(ヌアッハ)、そこを耕させ、また守らせた」である。
・イスラエルにとっての約束の地は、アダムとエバにとってのエデンの園に相当する。ヌアッハは「あるべきところに置く」という意味をもつ。
・「耕させ(アヴァド)、また守らせる(シャマル)」もキイワードで、ヨシュア記では「主に仕え(アヴァド)」「律法を守る(シャマル)」と展開していく。これは神を愛し、隣人を含む世界を愛することである。
・さらにマタイ 11:28 で「わたしもとに来なさい、あなたがたを休ませて(=ヌアッハ)…」と展開する。イエス様と共に生きることが「エデンの園」、「約束の地」、「人があるべきところ」である。
2)根を張り、葉を広げる~個人の場合と共同体の場合~
・根を張る(みことばを守り行う:信仰・信頼・確信を深める)なら、雨の恵みが少ないところ(荒野)でも生きることができる。
・葉を広げる(主に仕える:奉仕)ことで、神様からの恵みをこの世界を生かすものに変えることができる。
・この生き方が個人的に適用されると「永遠のいのち」、共同体を中心に世界に出現すると「神の国」となる。
・個人は「樹木」のようにじっくり実を結び、共同体は「草花」のように枯れて、萎んで、また生えてくる。
3)「安息」の完成される未来
・ヨシュア記 21 章は、約束の地の全域に民が部族ごとに離れ離れになって暮らし始める「割り当て(ヌアッハ)」が終わった部分。その中で特徴的なのは「レビ人の町」と「逃れの町」である。当時の世界観でいえば、ここで神を讃え、神が鎮座する神殿が建設されるのが筋。しかし…
・レビ人の町と逃れの町が造るネットワークそのものが、神殿の機能を果たすことで、全地が主の臨在で満ちることがゴール。これが黙示録 21章の最後のビジョンにつながる。
結)たんぽぽの役割
・教会は誰でも歓迎するが、集う人・歴史によって個性が出るゆえに、誰にでも喜ばれるとは限らない。たんぽぽの個性を深め、ネットワークの中で生きることが願われている。