『こちら福島放送室』のカバーアート

こちら福島放送室

こちら福島放送室

著者: NPO法人インビジブル
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こちら福島放送室は、2011年の東日本大震災後に福島県浜通りに移り住んだ東京出身でNPO法人インビジブルの理事長を務める山本曉甫と、一般社団法人双葉郡地域観光研究協会(F-ATRAs)代表で、双葉町町議会議員も務める山根辰洋が、この地域で活動する人との対話を通じ、さまざまな視点から地域に対する学びを深めていくポッドキャストです。 モデレーター: 山本曉甫 https://linktr.ee/akiwo 山根辰洋 https://yamanetatsuhiro.com/NPO法人インビジブル 社会科学
エピソード
  • #21-1_「頑張っている人が、一番等しく輝ける場所に」いわき市・大熊町・浜通り13から発信する、誰もがフラットに挑戦できる温かい繋がり(第1回 / 全4回)【吉田学/いわき市・大熊町】
    2026/07/26

    【エピソード概要】今回の『福島放送室』は、いつもと趣向を変えていわき市から出張レコーディング!ぎっくり腰をやってしまった山本に代わり、今回は阿部翔太郎くんがパーソナリティを担当します。ゲストにお迎えするのは、阿部くん自身も活動に関わり、普段から頼れる大先輩として慕っている「一般社団法人 Hamadoori 13」代表理事の吉田学さん。

    第一話では大熊町での思い出深い少年時代や、地域をつないだスポーツ文化。そして上京時のエピソードなど、学さんの等身大で魅力的な人間味に迫る第1回です。

    【今回のトークポイント】

    • Hamadoori 13が目指すフラットな場所:頑張っている人たちが等しく輝き、お互いの挑戦を温かく後押しし合えるプラットフォームとしての在り方。

    • 大熊町で育まれた原点:大野小学校時代から始まった少年時代と、地域の絆を深めたソフトボールや野球などのスポーツ文化。

    • 人との繋がりが生む安心感:阿部翔太郎くんとの出会いや、学さんのチャーミングで温かいお人柄が伝わる上京時代の思い出話。

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    33 分
  • #20-4_「ここにいたら優勝!」広野町・縁側の家から発信する、何者でなくてもいい絶対的な安心感(第4回 / 全4回)【高橋優子/広野町】
    2026/06/21

    全4回にわたってお届けした、広野町を拠点に活動する高橋優子さんへのインタビュー最終回です。今回は、高橋さんが主宰するコミュニティスペース「縁側の家」の原点となった幼少期の記憶や、そこで生まれる多様な人々との交流、そして震災から時を経て辿り着いた心境の変化について紐解きます。

    最後の配信に合わせて、高橋さんより一言コメントをいただきました。

    「会話内で「3月11日に波に乗ろう」は第6回とお話ししましたが、正しくは2026年の開催で第5回目でした。訂正してお詫びすると共に、第6回目(2027年)に皆さまとお会いできる事を楽しみにしています! 高橋優子」


    今回の主なトピック

    • 幼少期の自分を救った洋館と「縁側の家」への願い

      「広野町には何もない」と悲観していた小学生時代に偶然出会った、小説家の美しい洋館の記憶。それが現在の「縁側の家」につながる記憶であり、今の子どもたちにとっても、偶然面白い場所を発見して地域への愛着や自己肯定感を持つきっかけになってほしいという願いを語ります。

    • 純粋な衝動から生まれたイベント「3.11波に乗ろう」

      高橋さんの「サーフィンがしたい」という衝動とアーティストらとの対話から始まった活動。3月の冷たい海に浸かり震災の記憶と向き合う時間や、秀シェフが振る舞う料理を囲み、たわいもないけれど愛おしい時間を共有する意味を振り返ります。

    • 「当事者」の境界線を手放したパラダイムシフト

      震災当初、自身の傷と向き合う中で、綺麗で楽しい側面ばかりを発信しようと必死になっていた葛藤。しかし、イベントに集まった次世代の若者たちの言葉に触れたことで、「福島の物語を囲い込んでいた」自分に気づき、長年抱えていた震災物語が優しくリリースされていく瞬間を明かします。

    • 「ここにいたら優勝!」広野町の受け入れ力

      Y字路で町を見守る「ワイジロのお地蔵様」のエピソードを交えながら、若者たちがいつか戻ってきたくなるような風景を残す、これからの文化資本のあり方を模索します。

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    33 分
  • #20-3_震災発生時の疎外感と葛藤、そしてサーフィンとの出会いを経て広野町に居場所を作る(第3回 / 全4回)【高橋優子/広野町】
    2026/06/15

    今回の配信は、広野町を拠点に活動し、現在は東京との2拠点生活を送る高橋優子さん。全4回にわたってお届けするインタビューの第3回です。今回は、2011年の東日本大震災発生当時に東京で働いていた高橋さんが直面した孤独感や葛藤、そして広野町での新たな拠点づくりに至るまでのエピソードを紐解きます。

    今回の主なトピック東京で被災したことによる強烈な疎外感と家族との避難生活イベント会社で働いていた2011年、東京のオフィスで被災。故郷が甚大な被害を受ける中、両親と数日間連絡が取れず、周囲の人々が次々と避難していく東京で「世界に1人彷徨う」ような孤独感と葛藤を抱えた当時の心境について振り返ります。

    海と再会/サーフィンへの挑戦友人からの誘いで参加した伊豆でのダイビングやサーフィンを通して、海との繋がりを取り戻した心の変化が語られます。

    警戒区域の「境界線」広野町での新たな拠点づくり東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故の発生に伴い、広野町は町内全域が「緊急時避難準備区域」に指定されました。その後、常磐線が再開した後もしばらくは終着駅でとなっていたこの場所に、外の人を迎え入れる居場所やコミュニティを作り上げていく軌跡を語ります。

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    34 分
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