【古賀史健】権利が「権理」と訳されたら歴史は変わった『たとえば「自由」はリバティか』 #67
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リバティの本質を表すなら「自主独立」の自主と訳すべきだった/お金に不自由しない状態を自由と呼んでしまう感覚 /「権利」ばかり主張してという日本特有の批判が生まれる構造 / 「生まれながらにして持つ権利」という言葉の危うさ/権利の利が利益の利であるがゆえに /もし「権理」と訳していたら歴史は変わっていた
【紹介された本】
渡辺浩『たとえば「自由」はリバティか──西洋の基礎概念とその翻訳語をめぐる6つの講義』岩波書店
https://amzn.asia/d/00KBbmsT
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