『#54 「Frank Zappa最高の1曲×100」第15回 ”The Illinois Enema Bandit”』のカバーアート

#54 「Frank Zappa最高の1曲×100」第15回 ”The Illinois Enema Bandit”

#54 「Frank Zappa最高の1曲×100」第15回 ”The Illinois Enema Bandit”

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Frank Zappa最高の1曲×100

今回は、”The Illinois Enema Bandit”です。

1975年、アメリカのシカゴ郊外にて、

強盗事件の容疑で、ある男が逮捕されました。

彼の名前は、マイケル・ヒューバート・ケニオン。

彼は強盗の罪を認めて、服役することになりましたが、

彼の名は、強盗事件そのものよりも、

彼の性癖によって、広く知られるようになりました。

彼を世に知らしめるもう一つの名前は、

「イリノイの浣腸強盗」。

彼は若い女性を襲い、そのうち数名に対して、

性的暴行、それも浣腸をした、ということを告白します。

この、ショッキングかつリアクションに困る事件は、

良くも悪くもアメリカに大きなインパクトを与えたのでしょう。

その後、この事件を題材とした作品がいくつか発表されたようですが、

ザッパも、そんなアーティストの一人でした。

彼の名が知れると、ザッパは早速彼をテーマにした曲

”The Illinois Enema Bandit”を作曲し、

コンサートで披露します。

翌年行われた、ザッパ唯一の来日公演でも、

セットリストに入っています。

この時期のリードボーカルは、ナポレオン・マーフィー・ブロック。

この時代のザッパバンドのムードメーカーとも言える彼は、

”Dickies Such An Asshole”でもボーカルを取っており、

70年代黄金期のバンドを盛り上げるとともに、

後のザッパのキャリアへの橋渡も担っていた功労者といえるでしょう。

楽曲のムードは、スローテンポでブルージー。

渋くワイルドな曲調と、

曲の主題が醸し出すいかがわしさが、妙にマッチしています。

しかし彼の歌った初期のバージョンは、

ザッパ生前には未発表のままでした。

その後バンドは新たなボーカリストとして、

レイ・ホワイトを迎えます。

楽器の演奏技術において高度に進化したザッパバンドが、

ついに歌唱力において圧倒的な技術を持つ特別なシンガーを

手に入れた瞬間でした。

その後、メンバーにブレッカー・ブラザーズとしてその名を知られる

マイケル・ブレッカーとランディ・ブレッカーを含むゲストを加えて、

1976年12月に行われたニューヨーク公演は、

1978年に「Zappa in New York」と題してリリースされます。

力強くこぶしの効いたレイ・ホワイトの惚れ惚れする歌声とともに、

”The Illinois Enema Bandit”が公式に発表されたのです。

しかし、この時期ザッパはレコード会社・ワーナーブラザーズと揉めに揉めており、

その渦中で1977年、未発表の4枚組アルバム「Lather」全曲が放送され、

ザッパはリスナーにその放送を録音するよう訴えました。

「Lather」は、ワーナーからリリースされる予定となっていた

4枚のアルバムの収録曲がほぼ全て含まれた作品で、

その中に「Zappa in New York」も含まれていました。

つまり、この番組を聴いていたリスナーにとっては、

77年の時点で発表されていたことになります。

年に2、3枚のアルバムをリリースし、

大怪我をして死にかけてもリリースのペースを緩めなかったザッパにとって

77年は、Mothers of Inventionでデビューして以来初めて、

アルバムがリリースされなかった年でもあります。

その後も、”The Illinois Enema Bandit” は、

88年のラストツアーまで、

頻繁に取り上げられた人気曲で、

ザッパのギター・ソロが冴え渡るナンバーとしても優れていました。

レイ・ホワイトのいなかった88年ツアーでは

彼に勝るとも劣らない歌唱力を持つ

ボビー・マーティンによって歌われていましたが、

やはりレイ・ホワイトによるバージョンが、絶品です。

ということで、今回は”The Illinois Enema Bandit”でした。

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