エピソード

  • カール・ユング(4) 「集合的無意識」と「元型」の発見
    2026/09/02
    フロイトとの決別による精神的危機(内的世界の崩壊)を乗り越えたユングは、個人を超えて人類に先天的に共有されている心の領域「集合的無意識」を提唱。世界中の神話、民話、そして患者の夢に繰り返し現れる普遍的な象徴パターン「元型(アーキタイプ)」の重要性に迫ります。
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  • カール・ユング(3) フロイトとの劇的な出会いと痛みの決別
    2026/08/30
    「言語連想実験」の研究を通じて認められ、精神分析の開祖フロイトと13時間もぶっ通しで語り合った運命的な出会い。しかし、無意識の捉え方や「リビドー」の解釈を巡る決定的な思想の対立から、激しい葛藤の末に決別し、独自の心理学を創始するまでのドラマを紐解きます。
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  • カール・ユング(2) バーゼル大学での逆境と精神医学への目覚め
    2026/08/26
    父親の急死により急激な経済的困窮に直面しながらも、奨学金を得てバーゼル大学医学部へと進学したユング。降霊会など超心理学現象への知的好奇心と、当時はまだ不遇の分野だった「精神医学」の教科書に出会い、自らの生涯の使命を見出すまでの青春の葛藤を追います。
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  • カール・ユング(1) 孤独な少年時代と心の二面性
    2026/08/23
    スイスの静かな村で牧師の息子として生まれたカール・ユング。内向的で周囲に馴染めなかった少年が、自らの内面世界に潜む「二つの人格(No.1とNo.2)」や、「生涯忘れられない最初の夢」の体験を通じて、人間の計り知れない無意識の領域へと足を踏み入れる最初の物語。
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  • ジークムント・フロイト(精神分析学) (6) ナチスの迫害、ロンドン亡命と最期
    2026/08/20
    晩年のフロイトは16年以上にも及ぶ上顎癌との闘病生活を送る中、1938年にナチス・ドイツがオーストリアを併合すると、ユダヤ人として激しい迫害を受けました。弟子や王家の援助を受けてオリエント急行でロンドンへ亡命。病魔の痛みに耐えながらも最期まで執筆と診察を続け、1939年9月、娘アンナと主治医に見守られながら安楽死により83年の波乱に満ちた生涯を閉じました。
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  • ジークムント・フロイト(精神分析学) (5) 水曜心理学会とユングら弟子たちとの対立・発展
    2026/08/16
    フロイトの自宅に知性派が集まる「水曜心理学会」(後のウィーン精神分析協会)が発足し、精神分析運動は世界的な広がりを見せました。後に巨頭となるカール・ユングら多くの弟子が集まりましたが、理論の中心である「リビドー(性衝動)」の解釈をめぐって激しい意見の対立が起き、ユングやアドラーが離反するなど、精神分析界はドラマチックな分裂と深化を遂げていきました。
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  • ジークムント・フロイト(精神分析学) (4) 不朽の名著『夢判断』の出版と無意識の開拓
    2026/08/13
    1900年、フロイトは自身の自己分析と患者の夢の解析をもとに『夢判断』を出版しました。彼は「夢は無意識への王道であり、抑圧された願望が姿を変えて表れたもの」と提唱しました。当初は全く売れず不遇の時期を過ごしましたが、この理論は人間の心を「意識」と「無意識」の構造で捉え直す近代思想の大革命となりました。
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  • ジークムント・フロイト(精神分析学) (3) 「会話による治療」と自由連想法の誕生
    2026/08/09
    先輩医師ブロイヤーとともにアンナ・Oの症例研究に取り組んだフロイトは、催眠療法には個人差があることに限界を感じました。そこで患者を寝椅子に横たわらせ、頭に浮かんだことを批判せずに自由に話してもらう「自由連想法」を開発します。「ただ話すこと」で抑圧された感情が解放され症状が改善することを発見し、これが精神分析療法の根幹となりました。
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