『50代父と20代息子のシネマ・ジェネレーション・ギャップ』のカバーアート

50代父と20代息子のシネマ・ジェネレーション・ギャップ

50代父と20代息子のシネマ・ジェネレーション・ギャップ

著者: あわわっち & あっつ
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同じ映画を世代が違う2人が観たら、こんなにも違って見えるの? 実の親子(外資系企業勤務30年弱の父あわわっちと、大学の映画学科の監督養成コースに通う息子のあっつ)が、新作、旧作から気になる映画を毎週1本取り上げ、語り合うプライベート空間。ジェネレーション・ギャップは当然。でもこの世代差こそが、映画が描く恋愛、友情、家族、人生のコアな部分を浮き彫りにするから不思議。毎週木曜17時配信。あわわっち & あっつ アート
エピソード
  • 第30回『トゥルーマン・ショー』:24時間ヤラセ番組でトゥルーマンだけが本物に見えたワケは?
    2026/07/16

    24時間ヤラセ番組でトゥルーマンだけが本物に見えたワケは?

    生まれた瞬間から30年間、本人だけが知らずにノンストップ生放送され続けた男、トゥルーマン。嘘だらけの番組なのに、なぜ彼だけが"本物"に見えたのか。

    ・「トゥルーマン・ショー妄想」という実在の精神医学用語の話・制作費1,200万ドルの脚本が6,000万ドル大作に化けた舞台裏・ジム・キャリーを活かす画作りをセミプロ目線(あつ)で分析・テレビ→SNS→生成AIと移り変わる力関係と、AI時代に人間だけが語れる"本物"の作り方

    父と息子でじっくり語り合いました。

    次回は1993年公開『フィラデルフィア』です。


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    (00:00) 『ザ・トゥルーマン・ショー』病名になった映画、先行作品との関係性を探る
    (05:04) 『トゥルーマン・ショー』徹底解説:1998年の傑作が予言した現代のリアリティショー時代
    (05:50) 虚構と真実の境界線―AIの時代に『トゥルーマン・ショー』が問いかけるもの
    (14:32) ジム・キャリーの演技とハリウッド映画の世界観の相性を読み解く
    (17:35) ジム・キャリーの演技を完璧に生かした『トゥルーマン・ショー』の秀逸な世界観
    (29:05) AI時代に人間が生き残るために必要な「真実」とは
    (48:21) メディアを通じた真実の伝え方~ストーリーテリングが持つ身体性

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    50 分
  • 第29回『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』:主人公とスネ夫がソックリなのは何故?
    2026/07/09

    主人公フランクとスネ夫が、ソックリなのは何故?

    第29回は、2002年公開の『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』を取り上げます。監督はスティーヴン・スピルバーグ、主演はレオナルド・ディカプリオ、トム・ハンクス、クリストファー・ウォーケン。製作費の約7倍を稼いだスピルバーグの快作です。

    実在の天才詐欺師が、パイロット・医者・弁護士に次々となりすまし、FBI捜査官と繰り広げる長い鬼ごっこ——というのが表看板。

    しかし一枚剥いてみると、崩壊した家庭を取り戻そうとする少年の、歪んだ家族愛の物語が見えてきます。

    なぜフランクは、盗んだお金で父親のプライドを買い戻そうとするのか?その心理は、スネ夫や風間くんが「うちの父さんはすごいんだぞ!」と自慢するのと、同じ構造をしています。

    今回は、①犯罪者の自叙伝をエンタメ作に昇華したスピルバーグの技術(あつ)、②スピルバーグ自身の"父親を15年間誤解し続けた"体験、③「アイデアリゼーション(理想化)」という心理学から読む親子の虚像と実像、この3軸で深掘りします。

    親御さんの虚像を作り上げて周囲に自慢していた"黒歴史"、ありませんか?コメントにお寄せください。

    これから観る方には「観たくなる予習ガイド」を。すでに観た方には「納得のいく解釈の一つ」を。この親子には今この映画がどう見えているのかも、一緒に紐解いていきます。


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    (00:00) スピルバーグとハンクス、5度の共演 ~『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』の魅力に迫る
    (03:57) 『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』スピルバーグが込めた家族復興への想い
    (04:42) スピルバーグが込めた思い:離婚した両親への想いが映画に
    (14:24) 犯罪映画をエンタメにする秘密:二人の主人公による視点の設計
    (39:18) 親への理想化から実像へ:大人になって気づく両親の偉大さ

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    40 分
  • 第28回『アマデウス』:サリエリが憎んだのは、本当にモーツァルトだったのか?
    2026/07/02

    サリエリが本当に憎んだのは、モーツァルトだったのでしょうか?

    第28回は、1984年公開の『アマデウス』を取り上げます。監督はミロス・フォアマン。アカデミー賞11部門ノミネート、8部門受賞という、今振り返っても傑出した実績を残した作品です。

    物語は、年老いた宮廷作曲家サリエリが「モーツァルトを殺したのは自分だ」と半狂乱で告白するところから始まります。神に忠誠を誓い、禁欲的に生きてきたサリエリと、下品で子供っぽいのに圧倒的な才能を持つモーツァルト。一般的には「天才に嫉妬した凡人の物語」として語られてきた一本です。

    今回は、その解釈からもう一歩踏み込みます。原作者ピーター・シェーファーが仕込んだ「交差対比」の構図、そしてその先にある、サリエリが本当に憎んでいたものの正体を、段階を追って読み解いていきます。

    これから観る方には「観たくなる予習ガイド」を。すでに観た方には「納得のいく解釈の一つ」を。そして、この親子には今この映画がどう見えているのかも、一緒に紐解いていきます。


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    (00:00) 同じ役でも演技の幅で変わる?『アマデウス』から見える人間研究
    (07:36) 『アマデウス』の真の主人公はサリエリ――神への誠実さが生んだ絶望
    (08:18) 天才への嫉妬か、神への怨みか『アマデウス』が問いかけるもの
    (16:39) 『アマデウス』が伝記映画の構造的な課題をどう解決したのか
    (44:36) サリエリが憎んだのはモーツァルトではなく、自分が生きられなかった人生の幻だった

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    46 分
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