『5分 de ヒストリー ~歴史・世界史・日本史・学び直し/クロノ』のカバーアート

5分 de ヒストリー ~歴史・世界史・日本史・学び直し/クロノ

5分 de ヒストリー ~歴史・世界史・日本史・学び直し/クロノ

著者: クロノ
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教科書レベルの世界史(通史)が1日5分、ながら聞きで学べます。2024年からUdemy講師。 公式サイト:れきぞう(歴蔵) https://www.sowhatzone.com/ note https://note.com/simpleple/ X https://x.com/chrono_history Udemy https://www.udemy.com/user/song-yuan-xiu-zhi-2/クロノ 世界
エピソード
  • #284【通史】世界史⑭:欧米国民国家の形成2:ウィーン体制その2
    2026/09/10

    教科書レベルの世界史(通史)が1日5分、ながら聞きで学べます。第258回目は「ウィーン体制その2」【オリジナル基本文】⇒【補足解説】の順に進めます。


    ◇オリジナル基本文

    ウィーン会議は、各国の利害が対立したため交渉は難航し、華やかな舞踏会や宴会が連日のように開かれたことから、「会議は踊る、されど進まず」とも評された。それでも1815年にはウィーン議定書がまとめられ、ナポレオン戦争後のヨーロッパの枠組みが定められた。


    その結果、ドイツでは神聖ローマ帝国に代わって39邦からなるドイツ連邦が成立し、オーストリアがその中心的地位を占めた。また、フランス北方にはオランダとベルギーを統合したネーデルラント王国が置かれ、プロイセンはライン地方などを獲得した。オーストリアは北イタリアへの支配を強め、ロシア皇帝を国王とするポーランド王国も成立した。さらにイギリスはセイロン島やケープ植民地などを獲得し、海外での優位をいっそう強めた。


    こうして成立した国際秩序を「ウィーン体制」という。


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    5 分
  • #283【通史】世界史⑭:欧米国民国家の形成:ウィーン体制その1
    2026/09/08

    教科書レベルの世界史(通史)が1日5分、ながら聞きで学べます。第257回目は「ウィーン体制その1」【オリジナル基本文】⇒【補足解説】の順に進めます。


    ◇オリジナル基本文

    ナポレオン戦争によって大きく揺らいだヨーロッパでは、戦後の新たな秩序を築くため、1814年からウィーン会議が開かれた。会議を主導したのはオーストリア外相メッテルニヒで、ロシア皇帝アレクサンドル1世やフランス代表タレーランをはじめ、ヨーロッパ各国の君主や外交官がウィーンに集まった。


    会議では、ナポレオンによって崩された国境をどう引き直すかをめぐって列強の思惑が衝突した。そこで重要な原則として掲げられたのが、タレーランの主張した「正統主義」である。これはフランス革命やナポレオンによって倒された正統な王朝を復活させようとする考え方で、フランスではブルボン朝が復活した。ただし、ヨーロッパを革命以前の状態にそのまま戻したわけではない。実際の領土再編では、特定の国が突出して強大にならないようにする「勢力均衡」も重視された。

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    5 分
  • #282【通史】世界史⑬:産業革命と環大西洋革命28:フランス革命その15
    2026/09/06

    教科書レベルの世界史(通史)が1日5分、ながら聞きで学べます。第256回目は「フランス革命その15」【オリジナル基本文】⇒【補足解説】の順に進めます。


    ◇オリジナル基本文

    ヨーロッパの国際秩序の立て直しを目指すウィーン会議は、各国が自分の国の領土拡大や利益を優先して争ったため進まず、フランスでは復古王政への不満が広がっていた。これを機に1815年、ナポレオンはエルバ島を脱出してフランスへ帰還する。彼を捕らえるために派遣された兵士たちまで次々とナポレオン側につき、ほとんど戦うことなくパリへ入城。ルイ18世は逃亡し、彼は再び皇帝となる。


    しかし、この復活はわずか100日ほどで終わった。イギリスのウェリントンらが率いる連合国軍とのワーテルローの戦いに敗れると、ナポレオンは再び退位した。今度はヨーロッパから遠く離れた大西洋の孤島セントヘレナへ送られ、二度とフランスへ戻ることはなかった。


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    5 分
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