エピソード

  • サムエル記:王の始まりと神が選ぶ心
    2026/07/12

    「主は高ぶる者を低くし、低い者を高く上げられる」——冒頭のハンナの祈りが、サムエル記全体の鍵です。士師の時代から王の時代への移行期、民は「他の国々のような王」を求め、背の高いサウルが与えられます。しかし神が見るのは外見ではなく心。羊のために命を懸ける牧者ダビデが油を注がれ、ダビデ契約によって永遠の王座が約束されます。それでもダビデはバテシェバの罪と人口調査でつまずく——もともと一冊だったサムエル記第一・第二を一気に歩きながら、より優れたダビデの子、羊のために命を捨てる王イエス・キリストへの期待を確かめるエピソードです。

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    48 分
  • ルツ記:神の摂理と誠実な愛
    2026/07/10

    士師記を読んで後味が悪いと感じたなら、それは正しい読み方です——ヨシュア亡き後のイスラエルは、罪、抑圧、叫び、救出のサイクルを繰り返しながら、どんどん深く腐敗していきます。左利きのエフデ、女預言者デボラ、ぶどうの踏み場に隠れるギデオン、ナジル人の規定をことごとく破るサムソン。士師たち自身もグレーに、やがて黒くなっていく負のスパイラルの果てに、書物はこう締めくくられます——「イスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に良いと見えることを行っていた」。自分の目に良いことを行う私たちに必要なのは、御言葉で民を導き、代わりに苦しみ、死んで復活してくださる王、イエス・キリストです。

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    28 分
  • 士師記:王なき時代と救いへの叫び
    2026/07/09

    士師記を読んで後味が悪いと感じたなら、それは正しい読み方です——ヨシュア亡き後のイスラエルは、罪、抑圧、叫び、救出のサイクルを繰り返しながら、どんどん深く腐敗していきます。左利きのエフデ、女預言者デボラ、ぶどうの踏み場に隠れるギデオン、ナジル人の規定をことごとく破るサムソン。士師たち自身もグレーに、やがて黒くなっていく負のスパイラルの果てに、書物はこう締めくくられます——「イスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に良いと見えることを行っていた」。自分の目に良いことを行う私たちに必要なのは、御言葉で民を導き、代わりに苦しみ、死んで復活してくださる王、イエス・キリストです。

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    40 分
  • ヨシュア記:約束の地と神の戦い
    2026/07/09

    遊女ラハブは救われ、イスラエル人アカンは滅ぼされた—ヨシュア記の「聖絶」は人種の問題ではなく、神への応答の問題です。ヨルダン川を渡り、ついに約束の地へ入るイスラエル。エリコの戦い、アカンの罪、ギブオン人の駆け引き、そして長い土地の分配まで、神ご自身が先陣を切って戦い、民の真ん中に住まわれる物語を読み解きます。出エジプトの知らせは40年かけてカナンにも届いていた—裁きの中にも立ち返る道は開かれていました。ヨシュアが与えきれなかった本当の安息は、より優れたヨシュア、イエス・キリストによって与えられます。

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    32 分
  • 申命記:契約の更新と約束の地への備え
    2026/07/09

    「申命記は旧約聖書の心臓だ」——創世記からの流れをすべて受け取り、続く歴史書と預言書に命を送り出す書物。シナイ契約を経験していない新しい世代に向けて、モーセは40年の荒野の歴史を振り返り、律法を語り直し、約束の地を目前に契約を更新します。シェマー(聞け、イスラエル)に込められた全存在で神を愛せよという招き、御言葉を書き写して生きる王の規定、祝福と呪い、そして29〜30章に予告される「心の割礼」まで。自分の力では神を愛しきれない私たちに、キリストの死と復活、聖霊の内住によって神を愛する力が与えられる——申命記はすでに福音を指し示しています。

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    36 分
  • 民数記:荒野の旅とエデンの回復
    2026/06/19

    敵の預言者バラムには、不平にまみれたイスラエルの宿営が「園のよう」に、主の使いに守られたエデンとして見えていた——荒野で渇く民が見落としていた真実です。本エピソードでは、人口調査が約束成就と聖戦への備えであること、青銅の蛇に込められた死による死の逆転、バラムの星と王笏の預言、そして新しい世代への継承を辿ります。高く上げられた呪いの蛇を仰ぎ見て生きた民の姿は、十字架に上げられ、蛇の頭を砕くキリストを指し示しています。

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    38 分
  • レビ記:贖いの日と神の聖さ
    2026/06/19

    モーセ五書の真ん中はレビ記、そのレビ記の真ん中、つまり律法全体の中心には「贖いの日」(16章)が置かれています。神様は意地悪な律法主義者ではなく、罪をなだめ、人と共に住もうとされる方なのです。本エピソードでは、二匹のヤギに込められた代理の死と追放、清さと汚れの三段階、なぜ豚は清くないのか、そして新約での成就を語ります。罪を背負い、追放され、私たちを神の臨在へと連れ戻すヤギ――それはイエス・キリストを指し示しています。

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    33 分
  • 出エジプト記25–40章:幕屋、金の子牛、神の栄光
    2026/06/08

    ヨハネの福音書1章14節の「住まわれた」は、ギリシャ語で「幕屋した」という言葉です。イエス・キリスト御自身が、より優れた真の幕屋として来られた——ヨハネはそう告げています。


    このエピソードでは、出エジプト記25章から40章を取り上げます。幕屋の細かな設計図がなぜこれほど詳しく書かれているのか、幕屋とエデンの園との繋がり、神様の足台としての契約の箱の意味を見ていきます。また、金の子牛の事件を通して、人の内側が変えられなければ神から離れ続けるという、聖書全体に流れるテーマを考えます。モーセが「どうか私の名をあなたの書物から消し去ってください」と民のために取りなす場面、そして幕屋が完成し神の栄光がそこを満たす、出エジプト記のクライマックスまでをたどります。創世記3章以来、神が初めてご自分の民の間に住まわれるこの大きな出来事が、イエス・キリストへとどのようにつながっていくのかを考える回です。

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    37 分