『徳田靖之弁護士が告発する『菊池事件』と再審制度の闇』のカバーアート

徳田靖之弁護士が告発する『菊池事件』と再審制度の闇

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――ハンセン病差別が生んだ死刑冤罪。私たちはなぜ、この事件を「知る義務」があるのか刑事裁判のやり直しを定める「再審制度」の見直しをめぐる刑事訴訟法改正案が国会で審議される中、日本の司法の歴史において決して忘れてはならない一つの事件があります。元RKKアナウンサーの宮脇利充氏が、ハンセン病をめぐる凄惨な冤罪事件を告発した徳田靖之弁護士の著書『菊池事件』(かもがわ出版)を紐解き、司法の「過ちを認めない体質」と、私たちが背負うべき加害責任について、江上浩子氏と共に解説します。🔶 『菊池事件』とは何か――差別と偏見がもたらした死刑執行1952年(昭和27年)7月、現在の熊本県菊池市の山中で役場の元職員が刺殺される事件が発生しました。犯人とされたのは、ハンセン病患者とされた男性(元被告人)でした。当時、国や県を挙げてハンセン病患者を通報し、強制隔離する「無らい県運動」が激しく行われており、男性が「自分を通報した役場職員を恨んで殺害した」と強引に決めつけられたのです。男性は一貫して無実を訴え、再審請求を重ねましたが、3回目の請求が棄却された翌日の1962年9月、死刑が執行されました。菊池事件再審弁護団の共同代表であり、福岡県の『飯塚事件』の弁護も務める徳田靖之弁護士は、国立療養所菊池恵楓園の入所者自治会機関誌『菊池野』に寄せた文章をまとめた本書の中で、長年の調査に基づき「この事件は完全なる冤罪である」と強く告発しています。🔶 「防毒衣」と「箸」で扱われた被告――憲法違反の特別法廷男性の取り調べと裁判のプロセスは、偏見と差別に満ちた、拷問に近いものでした。拷問に等しい取り調べ: 男性は逮捕時、警察の拳銃で右腕を撃たれて複雑骨折し、大量出血していました。しかし、まともな治療はされず、簡単な消毒と鎮痛剤を与えられただけで、長時間にわたる過酷な取り調べにより自白調書が作成されました。隔離された「特別法廷」: 裁判は通常の裁判所ではなく、菊池恵楓園内に設けられた仮設の「特別法廷」で行われました。そこでは裁判官、検察官、さらには弁護人までもが「防毒衣(白衣)」を身にまとい、証拠物を「箸」で扱うという、非人道的な差別の中で審理が進められました。機能しなかった弁護権: 1審の国選弁護人は、無実を訴える男性を完全に無視し、公訴事実を一切争わずに検察側の主張をすべて認めました。事実上、弁護人がいないも同然の状況で死刑判決が下されたのです。さらに、この男性は事前に九州大学医学部を訪ねた際、医師から「あなたはハンセン病ではない」と診断されており、お祝いの席まで設けていたという事実も残されています。🔶 「憲法違反」を認めながら再審を拒む裁判所の論理弁護団は、この特別法廷が憲法第13条(個人の尊重)、第14条1項(法の下の平等)、第37条(刑事被告人の権利)、第82条(裁判の公開原則)にことごとく違反していると主張しました。これに対し、熊本地裁(中田幹人裁判長)が下した決定は、司法の驚くべき「後ろ向きな姿勢」を露呈するものでした。熊本地裁は、男性を裁いた過去の裁判に「憲法違反があった」と明確に認めながらも、「それが再審を開始する(裁判をやり直す)理由にはならない」として再審請求を棄却したのです。刑事訴訟法の中に「憲法違反で行われた裁判は再審しなければならない」という直接の規定がないことを盾に、国家による重大な人権侵害を事実上容認する決定でした。さらに、この決定文には「憲法37条3項」と記載すべきところを、存在しない「39条3項」と誤記するなど、いくつものずさんな間違いが含まれており、世論の大きな批判を浴びました。現在、弁護側は福岡高裁に即時抗告し、審理が続けられています。🔶 裁判官が恐れる「死刑執行後の再審無罪」という厚い壁日本司法において、死刑判決が確定した後に再審で無罪となった例(免田事件や袴田巌さんの事件など)は存在します。しかし、死刑が執行された後に再審が開始された例は、日本の裁判史上、過去に一つもありません。徳田靖之弁護士はその理由を、同書の中で...
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