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主イエスが用意する居場所(稲葉基嗣) – ヨハネ 14:1–4

主イエスが用意する居場所(稲葉基嗣) – ヨハネ 14:1–4

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2026年6月7日 三位一体後第1主日

説教題:主イエスが用意する居場所

聖書: ヨハネによる福音書 14:1–4、出エジプト記 25:1–9、詩編 23、エフェソの信徒への手紙 2:19–22

説教者:稲葉基嗣

 

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イエスさまは「私の父の家には住まいがたくさんある」(2節)と語りかけています。まるで、天の国に私たちの居場所が確実にあることを保証しているかのようです。けれども、イエスさまが私たちに保証する居場所って、天の国だけなのでしょうか。イエスさまは、弟子たちに向かって「心を騒がせてはならない」と言いました。ユダヤ社会でも、ユダヤ社会の外でも自分たちの居場所を見出すことができない。それはまさに、キリストを信じる人々が直面した、心騒がせる出来事でした。けれども、イエスさまが何よりもこの時に弟子たちに伝えたかったのは、この地上において、彼らに居場所があるということです。イエスさまは、自分こそが神殿だと人々に伝えました(ヨハネ2章13-22節参照)。特定の場所ではなく、イエスさまと出会うところにおいて、誰もが神と出会い、居場所を得ると、イエスさまは伝えようとしています。イエスさまのもとに集められた人たちが出会い、関係性を築き、居場所を作っていくのです。私たちはそのようにして築かれた共同体を教会と呼びます。主イエスにあって集う愛する友たちがいる。だから、孤独ではない。居場所はある。神が与え、イエスさまが招いてくださったこの居場所は、誰もあなたから奪えない。イエスさまを中心にして集まった、神の愛と憐れみに基づき、平和のうちに生きようとする交わりがもうそこにあるからです。居場所を用意すると約束する前から、イエスさまは居場所を作ろうとする方でした。社会の中で嫌われている人たちこそ食卓に招き、彼らに居場所を提供しました。「ここにいていいんだよ」と、イエスさまが行動を通して、色々な人に示したように、誰もが条件なく、いることができるのが教会です。神が壁を作り出すことを願わず、イエスさまが壁を乗り越えていこうとしたように、お互いの間に不必要な壁を出来る限り作らないのが、教会の姿です。私たち自身がイエスさまから受け入れられ、神から居場所を与えられていることを思い起こし続ける必要があるのでしょう。神の側がまず初めに、イエスさまを通して、私たちを救い出し、居場所をそして教会の交わりを与えてくださったのです。私たちを受け止めてくださる主イエスの愛に押し出されて、多くの人を受け止められる居場所が、教会の歩みや皆さんの日常のあらゆる営みを通して、少しずつ広がっていきますように。イエスさまが用意してくださっている居場所を届けるために、私たちに出来ることを積み重ねていくことが出来ますように。

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