『下田文代リーダーズストーリー』のカバーアート

下田文代リーダーズストーリー

下田文代リーダーズストーリー

著者: RKB毎日放送
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RKB毎日放送制作 毎週月曜日午後5時から放送中。 福岡で活躍する企業のリーダーをゲストにお招きして、今を生きるリーダーたちのこれまでの人生、そしてこれから拓く未来のストーリーを語ってもらいます。 公式ホームページ https://rkb.jp/radio/leaders/ #下田文代 https://x.com/FumiyoShimoda https://listen.style/p/leader?HDm8dEwtRKB毎日放送 マネジメント マネジメント・リーダーシップ マーケティング マーケティング・セールス 経済学
エピソード
  • 2026年10月19日放送 株式会社石村萬盛堂 代表取締役社長 田中 洋之(たなか ひろゆき)さん
    2026/10/19
    福岡・博多を代表する老舗菓子メーカー、石村萬盛堂は、1905年12月25日に創業し、今年、2026年で121年目を迎えます。本店は博多祇園山笠の廻り止めの近くにあり、博多の文化とともに歩んできた企業です。 代表銘菓「鶴の子」は、もともと同社の「鶏卵素麺」で余っていた卵白を有効活用しようとしたことが誕生のきっかけでした。当初は卵の殻を使って作っていましたが、西洋から伝わったマシュマロをヒントに改良を重ね、現在のふんわり、しっとりとした「鶴の子」が完成しました。 さらに石村萬盛堂は、1978年に「マシュマロデー」を提案。バレンタインデーにチョコレートをもらった男性が、女性からもらった優しさをマシュマロで包んで返すという発想から始まり、これが現在のホワイトデー文化の一つのルーツとなりました。 田中洋之社長は、石村萬盛堂のお菓子について「単なる食品ではなく、家族団らんや人生の思い出をつくる存在だ」と考えています。特別な日だけでなく、普段の日にもお菓子を食べて笑顔になってもらい、商品を通じて記憶に残る時間を提供することに、会社の存在意義があると言います。 田中社長自身は山口県の出身。アメリカの大学を卒業後、旅行業界で13年間勤務し、幅広い経験を積みました。その後、食に関わる仕事を経て、石村萬盛堂の社長に就任。海外で培った語学力や、世界中の人々との交流経験を活かし、将来的には石村萬盛堂の商品を世界へ広げたいという思いを持っています。 121年の伝統を受け継ぎながら、博多から世界へ。田中社長の目指す石村萬盛堂は、「鶴の子」に代表される伝統のお菓子を守るだけでなく、新しい商品と海外展開を通じて、これからも人々の心に残る「お菓子の時間」をつくろうとしています。 https://www.ishimura.co.jp/ 番組でおかけした曲は著作権の制限によりカットしています。ご了承ください。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
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    8 分
  • 2026年10月12日放送 株式会社石村萬盛堂 代表取締役社長 田中 洋之(たなか ひろゆき)さん
    2026/10/12
    福岡・博多を代表する老舗菓子メーカー、石村萬盛堂は、1905年12月25日に創業し、今年、2026年で121年目を迎えます。本店は博多祇園山笠の廻り止めの近くにあり、博多の文化とともに歩んできた企業です。 代表銘菓「鶴の子」は、もともと同社の「鶏卵素麺」で余っていた卵白を有効活用しようとしたことが誕生のきっかけでした。当初は卵の殻を使って作っていましたが、西洋から伝わったマシュマロをヒントに改良を重ね、現在のふんわり、しっとりとした「鶴の子」が完成しました。 さらに石村萬盛堂は、1978年に「マシュマロデー」を提案。バレンタインデーにチョコレートをもらった男性が、女性からもらった優しさをマシュマロで包んで返すという発想から始まり、これが現在のホワイトデー文化の一つのルーツとなりました。 田中洋之社長は、石村萬盛堂のお菓子について「単なる食品ではなく、家族団らんや人生の思い出をつくる存在だ」と考えています。特別な日だけでなく、普段の日にもお菓子を食べて笑顔になってもらい、商品を通じて記憶に残る時間を提供することに、会社の存在意義があると言います。 田中社長自身は山口県の出身。アメリカの大学を卒業後、旅行業界で13年間勤務し、幅広い経験を積みました。その後、食に関わる仕事を経て、石村萬盛堂の社長に就任。海外で培った語学力や、世界中の人々との交流経験を活かし、将来的には石村萬盛堂の商品を世界へ広げたいという思いを持っています。 121年の伝統を受け継ぎながら、博多から世界へ。田中社長の目指す石村萬盛堂は、「鶴の子」に代表される伝統のお菓子を守るだけでなく、新しい商品と海外展開を通じて、これからも人々の心に残る「お菓子の時間」をつくろうとしています。 https://www.ishimura.co.jp/ Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
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    10 分
  • 2026年10月5日放送 紅葉八幡宮 禰宜 平山 道宣(ひらやまみちよし)さん
    2026/10/05
    福岡市早良区高取にある紅葉八幡宮の起源は諸説あるものの、神社として整えられ、祭祀が行われるようになったのは室町時代とされ、1482年に創建されました。 もともとは現在の福岡市西区橋本付近に、地域の守り神として創建。のちに黒田藩三代藩主・黒田光之の時代に、藩の守護神として現在の西新周辺へ移されたそうです。当時の境内は非常に広大で、現在の西新エリアの一帯に及んでいたといいます。さらに時代を経て、現在の高取・紅葉山へ移り、現在に至っています。 平山さんが大切にしているのは、神社を「世代を超えて思い出が積み重なる場所」として残していくこと。親が子どもの頃に訪れた場所へ、今度は自分の子どもを連れて訪れる。そして、そこで写真を撮ったり、お参りをしたりする。その繰り返しによって、神社が家族の記憶の中に受け継がれていく。「変わらない状態で待っておけるような場所」という考えが、平山さんの神社づくりの根底にあります。 平山家は、少なくとも鎌倉時代から神職を務めてきた家柄で、神社を継ぐことに大きな疑問はなかったそうです。むしろ、参拝者を迎える父親の姿に憧れ、「神主になりたい」という気持ちを持っていました。 紅葉八幡宮は、子どもとの関わりも深い神社です。特に七五三の時期には、千数百名もの子どもたちが訪れます。平山さんにとって、子どもたちの笑顔は神社の未来そのもの。次の世代へ神社を残していきたいという強い思いが伝わってきます。 https://momijihachimangu.or.jp/ 番組でおかけした曲は著作権の制限によりカットしています。ご了承ください。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
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    8 分
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