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ピンポンが押せなくて… 兵庫県在住  旭 和世 ある日、中学生の娘が「今日友達に天理教の布教してきた~」と言います。「ええ?そうなん?どんな布教したん?」と聞くと、 「うちの家は、普通の家と違ってお寺っぽいから不思議がられるねん。だから、うちは天理教の教会やで~って紹介したら、友達が『私のおばあちゃん家の近くにも天理教あるわ~』とか、『結構色々な所にあるよな~』って盛り上がってさ~」と嬉しそうに話しています。 若い人達の間で、自分の推しや好きなものを友達に紹介したり広めることを「布教」と言うのが流行りのようで…。道を伝える「伝道」とはまたちょっと違った意味にはなりますが、娘がそうやって教会について楽しく紹介してくれたことを嬉しく思いました。 私自身も天理教の教会で生まれ、育てて頂いたので、友達が家に来ると、神殿のぼんぼりなどを見て「大きいお雛さんやな~」とか、「広くていいなあ」などと言われてちょっと嬉しかったことを思い出します。 でも、だんだん成長するにつれて、友達に説明したり、天理教について話したりすることが難しいなあと思うようになりました。時々、親について行って神名流しをしたり、戸別訪問をすることがありましたが、特に母は電車に乗っていても、病院や買い物に行っても、隣にいて仲良くなった人にいつでも神様のお話をするような人でした。内心、「お母さんすごいな~。私は恥ずかしくてそんな話できないわ~」とずっと思っていました。 そんな中でも、教会に出入りされる方が、神様のお話を聞いて心の向きが変わり、幸せになっていく姿をたくさん見せて頂いてきたので、「やっぱり神様はおられるんだ。これは真実の教えなんだ」と実感することも度々でした。 その後、私は教会の後継者さんとご縁があり、教会に嫁がせてもらいました。ところが、育児や日々の生活に必死で、布教・にをいがけに出ることがほとんどなくなっていました。「こんなことでいいんだろうか」と思いながらも、外に出ずにいると、どんどん気持ちが沈んでいって、喜べない自分に自己嫌悪がつのる毎日でした。 そんな時、近くの教会の同年代の奥さんにその悩みを打ち明けたことがきっかけで、「一緒ににをいがけをしよう!」となり、近隣の奥さん達にも声をかけ、月に数回にをいがけに回らせて頂けるようになりました。みんな子育て道中で、それぞれ悩みや事情を抱えながらも、子供達を連れて神名流し、路傍講演、戸別訪問が出来るようになりました。 中でも、私が緊張するのは戸別訪問です。インターホンを押すのに勇気が要って、「もし出て来られたら何て言おう…」とドキドキしながら回っていました。 そして、ドキドキしながらも思い出したのは、若い頃、大阪にある「花園布教修練所」で三カ月間、布教の勉強をさせてもらっていた時のことでした。寮生活をしながら、毎朝にをいがけに出る時にみんなで掛け合う言葉がありました。 匂いが掛からなんだら掛からんでよろしい お救けがあがらなんだらあがらんでよろしい 食えなんだら食わんでよろしい そんなこと神様のなさる事や あんたはただ歩いたらええのや 雨の日も風の日も毎日な 歩けんようになったら座ったらええ 神様の領分と人間の領分 はっきり分けることが肝心や 賢うなったら道は通れん 喜び湧いてこん 神様の邪魔をしているようなものや この道は実行 ひながたの道通るより他に道はない この言葉が頭に浮かんできました。 そうか、自分に何が出来るのか、何を話すのかとオロオロしていたけれど、そうじゃなかった! 神様の領分! 神様のなさること! だから私は、教祖のお供をさせてもらったらいいんだと、心が軽くなり、勇気が湧いてきました。 すると、嫌そうな顔をされたり、ちょっと怒られたりしながらも、頭を下げて「ありがとうございました」とお礼を言って、そのお家の幸せを祈りながら回れるようになりました。 そして不思議なことに、普段の生活の中でも、それまで喜べなかったことがとても小さなことに感じられたり、にをいがけで断られる度に、知らず知...
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