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おつとめメンドクサイ…

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概要

おつとめメンドクサイ… 岡山県在住  山﨑 石根 2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。岡山は震源地から遠く離れていたので、当初はあまり気にかけていなかったのですが、事態は刻一刻と悪化していき、私たちはメディアを通して、その被害の尋常でない様を目の当たりにすることになりました。 ちょうど翌日の12日は、当教会で「おとまり会」という子どもを対象にした行事がありました。参加してくれた小学生たちと一緒に夜の時間を過ごしたのですが、テレビは震災の報道ばかりで、原発事故に関する緊急発表などもあり、みんなでただならぬ空気を感じていたことをよく覚えています。 あの日、あの時、あの頃、恐らく日本の多くの方が、大きな不安と共に落ち着かない日々を過ごし、「被災地のために何かしたい、何かしなければ」と思いながらも、何も出来ないことへの焦燥感や無力感を抱いたのではないかと思います。そして、世の中は忽ち自粛モードになりました。 天理教教会本部では、翌日からすぐに「お願いづとめ」がつとめられました。また、12日、13日、14日の三日間、教会本部にならい、国々所々の教会でも、正午に時間を合わせて真実を込めたお願いづとめがつとめられ、私も一生懸命祈りました。 震災から二か月が経った5月12日から16日、私は招集を受け、被災地を訪れました。これは「天理教災害救援対策本部」のもとで実施された取り組みで、被災地において特に子ども達を元気づける活動をするため、天理教の中で学生や子ども達のお世話に携わっているメンバーでいくつかのチームが結成されたのです。私は以前、児童養護施設で心理職として勤務していた経験から声がかかり、被災地で「子ども会」を開催するチームに加えて頂きました。 私たちのチームは6名でしたが、折り紙やバルーンアートが得意な方、プロのマジシャンとして活躍している方、ピアノが得意でリトミックが出来る方など、頼もしいメンバーばかりでした。私たちは、「天理教災害救援ひのきしん隊」という、現地で具体的な支援活動をされている方々と同じ宿営地に宿泊し、期間中、一つの保育所と六つの避難所で実動しました。 具体的には、避難所の子ども達と90分ほどの時間枠でとにかく元気に遊ぶプログラムを組みました。バルーンアートや折り紙から始め、大縄跳びやボール遊びなど身体を使った外遊びに展開していき、最後はマジックを披露し、避難所生活のストレスを解消してもらうことを目指しました。 どの避難所でも、不自由な環境で避難生活を送っておられることに、胸が痛みました。私たちが出来たことは本当に些細な活動でしかなかったのですが、子ども達が思いっきり遊び、それを見ている大人の方々が笑顔になる、それだけでこちらの気持ちも救われました。 私たち自身ももちろん緊張もしますし、感情が大きく揺れ動きます。避難所から避難所へ移動する時には、被災地の衝撃的な辛い現状を目の当たりにするので、活動に際して気持ちのオン・オフが非常に難しかったのを覚えています。 一か所だけ訪れた保育所では、自分たちのほうが辛い立場にあるはずの子ども達が、「さんぽ」と「ありがとうの花」という手話を用いた歌を、私たちへのお礼としてプレゼントしてくれ、涙をこらえるのに必死でした。 特に私は、当時、我が子が4歳と2歳でちょうど同年代でしたので、あまりにも身近に感じてしまい、励ます側が励ましてもらっているような状況に、何だか後ろめたさまで感じてしまいました。 最後には園長先生が、「天理教さんには救援物資をたくさん頂き、炊き出しもずっとして下さり、今日は心の栄養まで頂きました」という言葉を下さり、それに支えられたような心持ちでした。 被災地から帰宅した私は、教会の信者さん方にこの時の報告をしました。原稿にまとめて話すつもりだったのですが、いざ言葉にすると、涙があふれて止まらなくなり、うまく伝えられなかったのです。それは、自分がしてきたことがあまりに小さく、何も出来なかったのではないかという申し訳なさを感じていたからだと思います。 ...
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