いのちのパンと交わり(ダニエル書2章1~6節、14~23節)
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序)いのちのパンをこの街と共に
・パンから生まれた「コパン」(フランス語)…同じパンを分かち合う仲=仲間・同僚・友人の意味。
1)ネブカドネツァル王のコパンになったダニエル
・ダニエルは「いのちのパン」=神のことばをネブカドネツァル王と分かち合いダニエルは「王の友」になる。(2 章 47 節~48 節)
・王はここでダニエルの神の偉大さを認める一方、悔い改めも求められていないし、改宗させられていない。
・ダニエルの道は、信仰者としてまっすぐでありながら、異教徒を改宗させるのではなく、友として歩む在り方。→日本宣教に光を与える。
・これまでの伝道に対する熱心さは否定されないが、私たちに求められているのは「証し」であり、その人が弟子になるかどうかは神のご主権の範疇である。相手が信じる/信じないにかかわらず友として歩むこと。
2)ネブカドネツァル王の不安
・一大帝国の王で絶大な権力者でありながら、夢にうなされ不眠症になるという人間の弱さが描かれる。これは友となったダニエルが後から知り得たことである。王は隙を見せることが許されない重責を担っていた。
・不安から出る「無茶ぶり」にバビロン中が振り回される。このままでは内戦に突入し、世界が戦争に陥ってもおかしくなかった。
・しかし、そこでダニエルが地の塩として用いられることになる。
3)ダニエルが用いられた秘訣
・カルデヤ人の文学とことばを仕込まれていた。(1 章参照)
・17~18 節:「コパン」が自分の家にいて、祈ってもらうことができた。「バビロンの祝福が、自分たちの祝福だ」と本気で信じている。
・この「コパン」に支えられて、いのちのパンである天の神さまとの「親密な交わり」に向かう。そうしてネブカドネツァル王を救う「いのちのパン」としての啓示・奥義をいただく。→私たちもクリスチャンでない家族、クリスチャンでない上司、そしてキリスト教都市ではない府中市の祝福が、自分たちの祝福だと本気で信じること。その祝福は、相手が自分と同じ信仰をもつまでは叶わないということではない。相手が担っている、責任、心配事に本気で寄り添い、本当に必要としている言葉を、相手に届く言葉で語ること。相手が必要としていない時は、語るのではなく仕える時とわきまえる。
結)教会という「コパン」の重要性
・あなたの「ネブカドネツァル王」に「いのちのパン」を分かち合う時に備え、週ごとの交わり(恵みの分かち合い)を大切に積み重ねていこう。(うまく言葉にならない時、話せない時は、聞くだけで十分!)