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【現代の葬儀】──変わりゆくかたち、変わらない意味

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概要

🔶宮型霊柩車の激減とその背景


かつて葬送の象徴だった、金飾りの施された「宮型霊柩車」が姿を消しつつあります。2003年には全国で2,000台以上が走っていましたが、現在は10分の1の220台ほどにまで激減しました。その背景には、近隣住民から「自宅の前を通るのは縁起が悪い」という苦情が寄せられるなど、死を忌み嫌い、遠ざけようとする意識の変化があります。現在では全国150以上の自治体で、火葬場への宮型霊柩車の乗り入れが制限されるようになっています。


🔶葬儀の場と家族のかたちの変遷


葬儀の簡素化は、社会構造の変化と深く結びついています。かつては自宅で執り行われ、地域住民が列をなす「葬列」がありましたが、明治時代に葬儀社が誕生し、やがて葬儀会館での式が一般的となりました。三世代同居から核家族化、そして単身世帯が約半数を占める現代において、住環境(マンションなど)の変化もあり、葬儀のかたちが変化していくのは時代の必然とも言えます。


🔶死を「縁起」で捉える心への問い


霊柩車を「縁起が悪い」と避ける心理の根底には、死を恐れ、穢れ(けがれ)として遠ざけたいという人間の感情があります。しかし、仏教(浄土真宗)では、死を穢れとは捉えません。そのため、葬儀の後に「清めの塩」をまく習慣もありません。亡くなった大切な方を穢れとして扱うのではなく、最後までその命の尊さに敬意を払い、感謝の心で送ることを大切にします。


🔶葬送儀礼が持つ本来の意味


葬儀や通夜、火葬といった一つひとつの儀礼には、深い意味が込められています。霊柩車のルーツが「葬列」にあるように、それは亡き人を丁寧にお送りする真心のかたちでした。形式が質素になること自体は時代の流れですが、その奥にある「意味」まで失われてはなりません。儀礼を簡略化する現代だからこそ、私たちが何を大切にすべきかを改めて見つめ直す必要があります。


🔶死別を「自己の命」に向き合うご縁に


仏教において葬儀とは、単なる別れの儀式ではありません。亡き人が「仏さま」となられ、新たなる関係が始まる場です。死を終わりと見るのではなく、死別という出来事をご縁として、今を生きる私が「自らの命」を見つめ直す。死を恐れるだけでなく、自分もいつか終わりゆく命であることを受け入れていく。そのまなざしを持つことが、亡き人への敬意となり、私たちの生きる力となります。


🔶今週のまとめ

宮型霊柩車は全盛期の10分の1に激減。死を遠ざける社会心理や自治体の規制が影響しています。

社会や家族のあり方が変化し、葬儀の場は「家」から「会館」へと移り、簡略化が進んでいます。

浄土真宗では死を穢れと見ないため「清めの塩」は使いません。命の繋がりを尊びます。

葬送儀礼の形式が変わっても、そこに込められた「亡き人を送る意味」を忘れてはなりません。

葬儀は死別を機に、自分自身の命のあり方に向き合う大切な「ご縁」の場です。


次回テーマは「動物と仏教」です。どうぞお楽しみに。


お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。
お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。


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