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【後編】子供の飛び方から、大人の飛び方へ|身体の教養とは何か #41

【後編】子供の飛び方から、大人の飛び方へ|身体の教養とは何か #41

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自分を分析するツールはたくさん試した。MBTI、HSP、ストレングスファインダー、エニアグラム。自己理解はできているはずなのに、なぜか生きやすくなっていない──そんな停滞を感じたことはありませんか。それは「俯瞰で意識的に見つめる」つもりが、いつのまにか頭の中だけで完結する「思考の檻」になっているからなのかもしれません。今回は宮崎駿監督の「俯瞰で意識的に見つめる」を身体の方から読み替え、「身体の教養」とは何かを話していきます。「キキはなぜ飛べたのか|宮崎駿『血で飛ぶ』と身体の話」シリーズの後編です。後編(今回)でお話ししているのはこんな内容です。・宮崎駿「いくつになっても成長したいなら、自分を俯瞰で意識的に見つめる態度が必要」・デカルト「我思う、ゆえに我あり」が遺した、身体を置き去りにする思考の罠・「思考の檻」──記号と物語だけで自分を捉えようとする状態・体を観察するのではなく、体に同一化する/体に問いかける・メルロ=ポンティ後期の言葉「反省とは、自己との差異の欠如、沈黙せる同一化である」・第二次言語(HSP・愛着障害・人見知りといったラベル)と第一次言語(ふわーっと・ここが詰まる・なんて言っていいかわからないけど…)・中動態──涙が出る、眠くなる、心が動く、その仲間としての「身体に焦点を当てて待つ」・養老孟司の「手入れ」──庭師は庭を完全に管理できない、けれど手は離さない・キキの最後の飛行、トンボを助ける場面で身体に起きていたこと・身体合理性と理性の循環──野生を抑え込むのではなく、承認し、豊かに開いていく・子供のままの飛び方ではなく、大人の飛び方として3回のシリーズの締めくくりです。「学んでも変わらない」「分析するほど苦しくなる」と感じている方に、特に聴いてほしい一本です。------身体の教養ラヂオ/のんべんだらりと暮らすだけお手紙・ハガキ募集中です。〒981-0811宮城県仙台市青葉区一番町一丁目12-39-503大沼鍼灸 宛話している人についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma#身体の教養 #ソマティクス #魔女の宅急便 #ジブリ #中動態 #養老孟司 #メルロポンティ #身体知の書庫
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