【クリスマス・イブに寄せて】――日本人の宗教観と「信じる」力
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概要
🔶今週のテーマ
12月24日の「クリスマス・イブ」を手がかりに、日本人の宗教行動、科学と宗教の関係、そして“人間はなぜ信じるのか”を考えます。
🔶「イブ」は“前夜祭”ではなく「その夜」
「イブ(Eve)」は evening(夕べ) の古い形に由来し、12月24日の夜 を指します。日本では“前夜祭”的に受け止められがちですが、本来は「クリスマスの夜」という意味です。
🔶日本人の宗教行動の特徴
- クリスマスを祝い、結婚式はチャペルで、葬儀は仏式、正月は神社へ――複数の宗教文化が生活の中で共存しています。
- 文化庁『宗教年鑑』や統計数理研究所の調査でも、「自分は無宗教」と感じながら 宗教的行事には親しむ 傾向が示唆されます。
- これは「特定宗教への強い帰属」より、行事や文化を通じて“宗教性”に触れる日本的なあり方と言えます。
🔶科学と宗教――二項対立ではなく並び立つもの
- 科学は「どう働くか」「何が起きているか」を説明し、人類の知を拡張してきました。
- しかし 「なぜ生まれ、死んだらどうなるのか」 といった究極の問いは、科学の方法だけでは答えきれません。
- だからこそ、科学の営みと宗教の応答は並び立つ。両者は互いの領分で人間を支えます。
🔶“人間は苦悩する管”という比喩
- パスカルが「人間は考える葦」と語ったように、別の言い方をすれば人間は悩まずにいられない存在。
- 欠けやすく、揺れやすいからこそ、人は何かを信じ、寄る辺を求める。この“信じる力”が文化や祈りを生み、季節の行事を温めてきました。
🔶仏教から見た“平等”の眼差し
- 先週までの流れとも響き合いますが、仏教は すべてのいのちは等しく尊い と観じます。
- 「信じる」という営みは、弱さの証明ではなく、人間らしさのあかし。そこに救いの道が開かれます。
🔶今週のまとめ
- 「イブ」は24日の“その夜”。
- 日本の宗教行動は多宗教的で、無宗教と宗教性の両立が日常に見られます。
- 科学と宗教は対立ではなく相補。人は究極の問いに向き合うとき、信じる力を必要とします。
- だからこそ、季節の祈りを大切に――「揺れる私を支える“よりどころ”」として。
次回のテーマは「大晦日のお話」です。どうぞお楽しみに。
お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
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