「オトナ帝国に潜むサキュバス」
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【第21歩】
みなさんは「キダルト」という言葉をご存知でしょうか。
キダルトとは「子供心を持ち合わせた大人」のような意味を持つ言葉で、これはkid + adult = kidult という成り立ちになっています。
ふと思ったのですが、「a」は一体どこに消えてしまったのでしょうか。
通常の大人にはあったはずの「a」が、一度子供心を取り戻した途端、跡形もなく消え去ってしまっています。
つまり、子供心を取り戻すという行為は即ち、「kidとaを交換する行為」とも言えるわけですよね。
これまで「大人になって失ってしまったもの」というテーマに関しては多く語られてきましたが、「子供心を取り戻したことで失ってしまったもの」ということに関しては誰も目を向けようとはしませんでした。
何故だかわかりますか?
そもそも「大人になって失ったもの」について議論をするのはたいてい当の大人たちなのですから、「子供心を取り戻した事で失ったもの」について議論する者が現れたとしたらそれは“子供心を取り戻した大人”であるはずなのです。
しかし実際問題、子供心を取り戻した大人たちは人形で遊ぶのに必死で、そんな哲学的な問いに向き合っている暇なんてないのです。
現実で失ったものになんて目を向けず、ただただ頭の中に広がる無限の夢に浸っているのです。
もしかするとキダルトたちが失った「a」というのは、“大人が果たすべき現実的な責任“あるいは“社会性そのもの”なのかもしれませんね。
さぁ、「a」と引き換えに「kid」を手に入れたみなさん。現実の面倒なゴタゴタはご立派な大人たちに任せて、僕らと一緒に幸せな夢を見ませんか?
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【このラジオについて】
淡いオレンジ色の光と、適度な疲労感に包まれながら歩いた通学路。ふと空を見上げれば、全てを吸い込んでしまうような真っ黒なカラス。少し不安になって隣を見れば、ぼーっと口を開けて、同じようにカラスを見つめる友人がいた。
月日が経ち、歩むべき道も背負っているものも変わっていった2人が、毎週金曜日の朝だけは、あの頃と同じ懐かしい道のりを歩んでいきます。
みなさんも僕らと一緒に、1時間だけの寄り道をしてみませんか?
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人生一周目。何もわからないまま大人になってしまった幼馴染2人は今、何を思うのか。