#3 ユダヤ人大量虐殺【ホロコースト】③「民主主義の合法的な自殺と、独裁を完成させた『魔法の法律』」
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世界恐慌による絶望と、敗戦国ドイツが抱える国家規模の「ルサンチマン(強烈な恨みと被害者意識)」。ヒトラーはこの巨大な負の感情を巧みに操り、社会の混沌と恐怖を煽ることで、ナチス党をドイツ第1党へと押し上げます。しかし、権力の座を狙う彼を待ち受けていたのは、彼を成り上がり者と見下す旧エリート層(大統領や保守派政治家)でした。「あんな田舎者、すぐに我々が飼い慣らしてやる」——エリートたちの致命的な驕りと計算違いが、悪魔に国家の鍵を渡してしまいます。1933年、首相に就任したヒトラーは「国会議事堂放火事件」を大義名分に国民の自由と人権を瞬時に剥奪。さらには、議会自らがその権限を放棄する狂気の法案「全権委任法(授権法)」を提出します。圧倒的な暴力による脅迫と、計算され尽くした嘘。世界で最も美しいと言われたワイマール民主主義は、武力クーデターではなく、議会での拍手喝采とともに合法的にその息の根を止められました。一人の男が「国家システム」を完全にハッキングした、戦慄の歴史的瞬間を解剖します。
■関連年表:第3話の時代背景(1930年〜1933年)1930年:ナチス党が選挙で大躍進。街頭ではナチス突撃隊(SA)と共産党武装組織による流血の衝突が日常化し、社会の混沌と市民の恐怖が極限に達する。
1932年7月:国政選挙にて、ナチス党が得票率37.3%を獲得。ついにドイツの「第1党」へと登りつめる。
1933年1月30日:保守派エリート(パーペン元首相ら)の「ヒトラーを操り人形にできる」という致命的な見通しの甘さから、ヒンデンブルク大統領がヒトラーをドイツ国首相に任命。合法的に政権を掌握する。
1933年2月27日:国会議事堂放火事件が発生。ヒトラーはこれを共産党のテロと断定し、翌日に「大統領緊急令」を発動。言論や集会の自由など、ワイマール憲法で保障された基本的人権を合法的に停止する。
1933年3月23日:臨時国会(クロル・オペラハウス)にて、武装した親衛隊(SS)・突撃隊(SA)が議場を包囲する異常事態の中、「全権委任法(授権法)」が提出される。
社会民主党のオットー・ヴェルス党首のみが命がけで反対演説を行うが、賛成444票・反対94票で可決。ワイマール民主主義が崩壊し、ヒトラー個人の独裁体制が完全に合法化される。