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地域に「誠」の心を

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概要

地域に「誠」の心を                     埼玉県在住  関根 健一 一昨年の春から、地域で「Clean up&Coffee Club」(クリーンアップ・アンド・コーヒークラブ)という新たな活動を始めました。頭文字をとってCCC(シーシーシー)と呼ばれる活動で、コロナ禍になり、人とのつながりが疎遠になってしまったことを憂いた青年が、東京で始めたものです。 活動はシンプルで、簡単に言えば地域のゴミ拾いなのですが、ただ街をきれいにすることだけではなく、地域で友達を作ること、そして地域において「ただ居るだけでいい場」を作ることを目的としています。運営本部は一般社団法人化もしており、やりたいと思った人が気軽に始められるようなサポート体制も出来ていて、今では全国50か所以上で開催されています。 私も東京都内で始まった活動の様子をSNSで知り、ちょうど公民館で行っていた地域交流のイベントがコロナ禍で出来なくなった時期でもあったので、いつか地元でも開催したいと思っていました。 そんな矢先に、知人を通して開催方法や本部担当者への連絡先などを知り、準備を進めることが出来ました。そして、手探りながら地元富士見市の名を冠した、第一回「CCC富士見」の開催に至り、現在、一年半以上続けることが出来ています。 このイベントは親子連れの参加者も多く、子供たちにはいつも助けられています。我れ先にゴミを見つけ、自分の背丈に近い長さのゴミばさみを使い、一生懸命にゴミを拾ってくれる姿は、微笑ましく映ると共に、我々大人たちを勇んだ気持ちにさせてくれます。 そして、ゴミ拾いをしていて気付くのが、タバコの吸い殻の多さです。携帯灰皿が普及して、紙タバコから電子タバコに変える人が増えてきたこともあって、昔ほど落ちてはいないものの、数でいうと他のゴミに比べて圧倒的に多いのが現状です。 CCCの参加者の中には、ほとんど喫煙者がいないこともあり、タバコの吸い殻が落ちていると、「どうしてこんなにタバコの吸い殻が多いんだろう。だからタバコ吸う人って嫌い」と、誰からともなく愚痴がこぼれ始めます。 確かに吸わない人から見れば、タバコは生活に全く必要がないどころか、目の前で吸われれば副流煙が発生し、悪影響さえあるものです。私も昔からタバコが嫌いなので、その気持ちはよく分かります。 そんな会話が耳に入ってきた時に、ふと昔聞いた上級教会の親奥様の言葉が頭の中を過りました。 「教会はね、心のゴミを捨てに来るところなんだよ。でもね、たまにゴミを拾って帰る人がいるの。せっかく教会に運んで来たのに、ゴミを拾って帰っちゃもったいないよね」。 教会でお茶を頂きながら談笑していた時の何気ない一言でしたが、なぜかその言葉が心に残って、今でも一緒に聞いていた妻と時折思い出して話題に上ります。 教会では、おつとめやひのきしんをつとめることで、心の埃を落として帰ります。ですが、たまにせっかく落とした埃を拾うかのように、他人の悪口や不満を垂れ流して帰る人がいるのが残念なんだ、という意味で仰ったのだと記憶しています。 ともすると、周りの人に同調して悪口を言ってしまいそうになる私に、親奥様の言葉がブレーキをかけてくれた気がしました。 私が地元で始めた「CCC」の表向きの目的は、地域に仲間を作ることですが、私自身は心の中で親神様、教祖への感謝を忘れずに「ひのきしん」の精神でゴミ拾いをしています。 自分たちが暮らす街を汚すのは、もちろん褒められた行為ではありませんが、ゴミを捨てた人を責める前に、こうしてゴミを拾えるのも親神様のご守護によって身体が動かせるからであることを実感します。参加者に天理教の教えを具体的に説くわけではありませんが、やがては皆さんに、私の行いを通して「成程」と思ってもらえるように心がけています。 神様のお言葉に、「成程の者成程の人というは、常に誠一つの理で自由(じゅうよう)という」とあります。 「誠」を辞書で調べると、「言葉や行いに作りごとがない。真実の心」と出てきます。一方、大正時代に宮森与三郎(...
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