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高橋御山人の百社巡礼/其の一 大阪・枚方 渡来人の地に眠るまつろわぬ民
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 40 分
- 完全版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
大阪府北東部、枚方市。 京都にも程近いこの土地は、 古代、渡来人達が根を下ろした土地だった。 その名残を留めるのが、市内の神社仏閣や遺跡。 ○滅亡した百済の王族を祀る、百済王神社。 ○広大な敷地が往時の栄華を偲ばせる、百済寺跡。 ○日本に漢字と儒教を伝えたという、王仁の墓。 ○地名からしてただならぬものが感じられる、九頭神廃寺。 そして、河内一宮・片埜神社の傍らには、 平安初期、朝廷に従わずに戦い続け、 征夷大将軍・坂上田村麻呂に討たれた、 古代東北の先住民・蝦夷の首領、アテルイの首塚が!なぜこんな場所にアテルイの首塚があるのか。 そこに秘められた謎を解き明かしていきます。 ●怨霊を鎮め、それを制御しパワーを得るという古代日本の呪術 ●これらを司るのが神社の重要な役割の一つ ●渡来人が東北で日本初の黄金を発見した ●蝦夷が鍛えた鉄の刀が日本刀のルーツ などなど、神社と古代史を巡る謎に迫ります。 語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之八拾五 島根・隠岐 「戦う天皇」配流の島々
- 後鳥羽帝、後醍醐帝、幕府と戦って配流となった天皇の足跡を、隠岐の島々に訪ねる
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 31 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
島根半島の北、約50kmの沖に浮かぶ隠岐諸島。本土に近い知夫里島、中ノ島、西ノ島から成る島前、その沖の島後島一島のみの島後と、大きく二つの地域に分かれている。神話の国・出雲の沖に浮かぶだけあって、古い歴史を今に伝えており、島後の玉若酢命神社(たまわかすのみことじんじゃ)は、古代からの国造・億岐家(おきけ)が、代々宮司を務めている。ここには、現存唯一の、律令時代に朝廷から支給された駅鈴が、今も保管されている。日本海を挟んで新羅や渤海といった国々との交渉もあり、隠岐国一国を成した。このように、都からはるか遠くの離島とは言え、古代から栄えて来た隠岐であるが、平安時代以降は、小野篁始め、数多くの人々が流刑に処される地となった。特に中世、後鳥羽、後醍醐と、二帝が流されて来た事は特筆すべきである。後鳥羽上皇は、承久の乱に敗れた後、島前の中ノ島に流され、ここで十九年を過ごして崩御した。現在も行在所跡や御火葬塚が残り、隣接して隠岐神社が建っている。後醍醐天皇は、倒幕に失敗して流されたが、一年後に脱出し再び挙兵して幕府を滅ぼし、建武の新政を行った。隠岐滞在時の行在所は、島後の隠岐国分寺とも、島前西ノ島の黒木御所とも言われる。今、黒木御所跡には、黒木神社が建っている。配流の島々に、二人の「戦う天皇」の見果てぬ夢を見る。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾八 大阪・阿倍野 白狐が生んだ安倍晴明
- 白狐の化身の女性が通い、安倍晴明が生まれた、豪族・阿部氏の根拠地、大阪・阿倍野
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
稀代の陰陽師・安倍晴明ゆかりの地と言えば、京都の晴明神社や一条戻橋が有名だが、大阪・阿倍野の安倍晴明神社も欠かせない。安倍晴明という占術の大家を祭神とし、「拝み屋」文化の盛んな大阪だけあって、境内の占いコーナーで東洋・西洋の占い師が日替わりで相談に乗ってくれるこの神社は、晴明出生の地に祀られたものだが、そもそも阿倍野という地名は、古代豪族阿部氏の根拠地であったことに由来する。そして、当地に住んでいた安倍保名(やすな)が、「信太の森」で白狐を助け、その狐が化けた「葛の葉」という女性が保名の元へ通い、やがて生まれたのが晴明という伝説がある。正体を知られた葛の葉は「恋しければ信太の森まで訪ねて来い」という歌を残して去り、保名と晴明が訪ねたところ、葛の葉が現れて、神秘的な力を持った霊宝を授けたという。この伝説は、人形浄瑠璃や歌舞伎の題材ともなっているが、阿倍野からいくらか南に離れた和泉市に信太森葛葉稲荷神社が建ち、伝承地となっている。また、安倍晴明神社の隣に建つ阿倍王子神社は、熊野参詣路の九十九王子の一つで、信太も熊野参詣路の途上にあった。人と物とが行き交う街道筋に、異能者の異常出生譚の背景を探る。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之九 大和から土佐へ 一言主神の流竄と 呪術家賀茂氏
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 27 分
- 完全版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
高知市に鎮座する土佐一宮・土佐神社。祭神は一言主神・アジスキタヒコネノ神。 高知県南西部・黒潮町の沿岸の加茂神社より遷ったともいわれるが、 元々は、大和・葛城より、流刑されてここにたどり着いたのだという。 その話は古文献に載っているが、書物によって内容が大きく異なる。 ○続日本紀では、雄略天皇の怒りに触れ流刑に処せられる ○より古い日本書紀では、天皇と対等の立場で、ともに狩りを楽しむ ○最古の書物・古事記では、天皇が一言主神に畏れ畏まる ○続日本紀より新しい日本霊異記では、修験道の開祖・役小角に使役される 時を追うごとに著しく零落していく一言主神。 この話の舞台である葛城には、今も一言主神社と、 アジスキタヒコネノ神を祀る、全国加茂神社の総本社・高鴨神社が鎮座する。 そしてそこは、これらの神を崇める、古代豪族賀茂氏の根拠地だった。 ●役小角や安倍晴明の師・賀茂保憲など数々の陰陽師を輩出した呪術家の一族 ●全国に展開し「カモ(賀茂・加茂・鴨等)」の地名や神社を各地に残した ●高鴨神社より登った山裾には「高天原」と神武天皇に討たれた土蜘蛛の塚も ●一言主神社にも土蜘蛛の塚があり、能の題材となっている 流刑された神を祀り、歴史に名を残す呪術師を幾人も輩出し、 全国に広がって、「まつろわぬ民」土蜘蛛との深い関係も見出せる、 ...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾五 阿波から安房へ 神祀る忌部と聖なる「大麻」
- 聖なる「大麻」を作る、神代からの祭祀氏族・忌部氏が、黒潮に乗り阿波から安房へ
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
徳島県鳴門市、大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)は、阿波一宮。古代、阿波に勢力を誇った、忌部氏が祖神を祀った神社である。忌部氏は、出雲、紀伊、讃岐などに広がり、それぞれの地の特産品を献じた。阿波の忌部が献じたのは、麻であり、それが神社名の由来となっている。麻は、衣服の原料として重要であるとともに、神事に用いる神聖な植物でもあった。現代の神社でも祓に用いる神具の名は「大麻」であるし、御札も「大麻」と呼ばれる。そして、忌部氏は、天の岩戸開き以来の、神話にまで遡る祭祀氏族であった。「穢れを忌む」ことで神事に臨む氏族なのである。阿波の忌部氏は、朝廷の祭祀を司る忌部氏に連なる人々として、神聖な植物・麻を栽培した。その阿波忌部氏の一部は、古代、黒潮に乗って、千葉県の房総半島へ移住した。「安房」とは「阿波」にちなむ地名であり、「上総」「下総」の「総」とは、麻の古名にちなむものという。房総半島の先端近くには安房一宮・安房神社が建ち、忌部氏の祖神を祀る。他、房総には忌部氏にまつわる神社が。麻の聖性と、摂関藤原家の同族・中臣氏に役割を奪われ衰微した、古代の祭祀氏族の足跡を辿る。語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之十二 茨城・日立 星を司る「最強」の まつろわぬ神
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- 完全版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
茨城県日立市に鎮座する、大甕倭文(おおみかしずり)神社。 この神社の境内には、「宿魂石」という、山のような巨岩があるが、 神話に登場する星の神・天津甕星(あまつみかぼし)、別名香香背男(かがせお)を、 倭文の神・建葉槌命(たけはづちのみこと)が討ち、ここに封じたものだという。 天津甕星は、国譲りのあたり、天孫降臨に先立って様々な国津神を平定した場面に、 わずかに登場する神だが、出雲で国譲りを成し遂げ各地を平定した、 建御雷命(たけみかづちのみこと、鹿島神宮の祭神)と、 経津主命(ふつぬしのみこと、香取神宮の祭神)にも従わず、 ついに建葉槌命によって討たれたのだという。 この神話は謎だらけだ。まず、天津甕星は国津神ではなく、 「高天原にいる悪神」だとされていること。つまり天津神なのだが、 天津神にして天照大神に従わない神が存在すること自体、神話上不合理だ。 せいぜいが暴虐を働いた須佐之男命くらいだが、それでも最終的には従っている。 建葉槌命も他に伝承のほとんどない神で、織物の神だが、武神・雷神の建御雷命や、 剣神・経津主命でも平定できなかった悪神を、なぜ織物の神が討伐できたのかも謎だ。 日本神話では、明確に星の神だと書かれているのが天津甕星のみという謎もある。 星の名を持つ神も、他に物部氏の神話にわずかに登場するのみ。 ...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其の一 大阪・枚方 渡来人の地に眠るまつろわぬ民
- 著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之八拾五 島根・隠岐 「戦う天皇」配流の島々
- 後鳥羽帝、後醍醐帝、幕府と戦って配流となった天皇の足跡を、隠岐の島々に訪ねる
- 著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾八 大阪・阿倍野 白狐が生んだ安倍晴明
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高橋御山人の百社巡礼/其之十二 茨城・日立 星を司る「最強」の まつろわぬ神
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- ナレーター: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其の二 宮城・秋田 古代東北のまつろわぬ信仰
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 48 分
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ナレーション
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ストーリー
大学卒業前、御山人が青春18きっぷ片手に、一人で行った東北旅行。 困難に満ちた道程を経てたどり着いたのは、多賀城・アラハバキ神社。 かつて「東北に朝廷に対抗する古代王国があった」とする内容で、 偽書騒動を巻き起こしたアラハバキ神とは何なのか?改めてその謎を掘り下げる。 ○手足の長い「まつろわぬ民」の荒ぶる魂 ○陸羽東線沿線にも篤く信仰されるアラハバキ神社が ○国譲りに納得出来ず?!三河の荒ぶる大国主命 ○怨み荒ぶるのは大陸的か それを鎮めて習合した日本の信仰 卒業旅行二日目は、冬の奥羽山脈を越え、秋田県へ。 後三年の役の古戦場で、腰まで雪に埋もれつつ訪ねたのは、 蘇我氏に滅ぼされた古代豪族・物部氏の末裔が守って来た唐松神社。 そこに満ちた数々の謎に挑む。 ●堀を巡らした三角錐の石積みの上に建つ社殿 ●神社の古文書には、物部氏の祖神が鳥海山に降臨し、出羽こそ物部の故郷と ●仏教を拒否して追われた神道を奉じる物部の「物」とは物の怪の「物」 ●「まつろわぬ民」と血縁を持ち、「韓をまつろわせた」物部氏 そして、「まつろう」「まつろわぬ」ことの現代的解釈や意義をも問います。 流行に「まつろう」ことなく、孤高の旅の中で見出したものとは。 語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之九拾 まつろわぬ「鬼」達 日本史の裏側(特別対談)
- 作品の多くに共通するテーマ「まつろわぬ民」や「鬼」。その頂点に「天皇」が!!
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 43 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
本シリーズも第九十社。テーマは言うまでもなく「神社」だが、作品の多くに共通するテーマとして「まつろわぬ民」や「鬼」がある。それは高橋御山人が長年運営しているWEBサイト「邪神大神宮」のテーマでもある。いずれも朝廷や幕府といった時々の権力に容易には従わなかった人々であり、本シリーズは第一社からしてアテルイがテーマで、各地の土蜘蛛を度々取り上げ、鬼女紅葉、酒呑童子、温羅等、「鬼」そのものも数多く紹介した。隼人の首領とされる弥五郎どんや、飛騨の両面宿儺等、「まつろわぬ」族長の影が濃い存在も登場している。傀儡子師や木地師といった、非農耕非定住の漂泊民も取り上げた。彼らも農耕定住を基盤とする日本の歴史的統治体系からすれば、一種の「アウトサイダー」であり、「まつろわぬ民」や「鬼」につながっている。非農耕の産鉄民をテーマとした回もあるが、農耕民から異様に見られた彼らは、「鬼」のルーツの一つである。こうして振り返ってみると、その一つの極、頂点に、後醍醐天皇という存在が浮かび上がって来る。天皇という体制の頂点にありながら、体制を破壊し再構築しようとした後醍醐天皇こそ、究極の「まつろわぬ」存在であり、「鬼」ではないか。そしてそれは、一般の認識とは異なる「天皇制」の別側面の象徴でもあった。「日本史の裏側」を透視する特別対談。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之八拾六 死と海と「まつろわぬ民」の熊野古道
- 浄土目指して不帰の船出する地に祀られる「まつろわぬ民」 熊野信仰の深層を探る
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 30 分
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ナレーション
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ストーリー
日本三名瀑の一つ・那智の滝と、熊野三山の一つ・熊野那智大社で名高い、和歌山県南部の那智勝浦町。その海岸近くに、熊野三所大神社という神社が建つ。熊野三山の主祭神・熊野三所権現を祀る為にこの名があるが、元は熊野参詣路に建てられた九十九王子の一つ・浜の宮王子であった。また、明治の神仏分離までは、隣接する補陀洛山寺と一体であった。ここは、小型の木造船に行者が乗り込んで、南海の「補陀落浄土」に向かう「補陀落渡海」が行われた寺院で、行者の死が前提の儀礼だった。三重県熊野市には社殿がなく岩窟に神を祀る花の窟神社があるが、日本書紀では大母神・イザナミノミコトの墓とされており、熊野は神代より「死」にまつわる土地である事を示している。そんな熊野という地は、元々「まつろわぬ民」の土地だった。熊野三所大神社の境内には、神武天皇の仮宮跡と、地主神「丹敷戸畔(にしきとべ)」を祀る摂社があるが、日本書紀によれば、東征の際、神武天皇軍は熊野で土地の首長・丹敷戸畔を討ち、ここより内陸に入って大和を目指したとされている。紀伊半島の南端・串本町には、その名を伝える地名や、墓もある。中央の王侯貴族がこぞって参詣する一方、中央には容易に制御出来ず、熊野水軍のように日本の行く末さえも左右した熊野。海と山とが迫る当地の深層に光を当てる。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之九拾六 大蛇VS大ムカデ 北関東のラグナロク
- 日光男体山の神と、赤城山の神が、大蛇と大ムカデに化身して戦った、戦場ヶ原の伝説
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 30 分
- オリジナル版
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ストーリー
世界的な観光地・日光の一角を成す戦場ヶ原。標高約1400mの高原に広がるこの湿原は、名前の通り古戦場であるが、その戦いは人と人との戦いではなく、神々の戦いである。伝説によれば、この近くの中禅寺湖を巡って、日光男体山の神が大蛇に、赤城山の神が大ムカデに化けて戦ったが、自らの子孫である弓の名手・小野猿丸の加勢により、男体山の神が勝ったという。男体山を神体山とするのは二荒山神社で、山頂に奥宮、中禅寺湖畔に中宮祠、東照宮に隣接して本社が建っている。一方、県境を越えた群馬県の赤城山には赤城神社があり、山頂のカルデラ湖・大沼湖畔と、南麓の三夜沢に鎮座する。また北麓の老神温泉は、戦場ヶ原で敗れた赤城山の神が、湯で傷を癒し、男体山の神を追い払ったため、「追神」と呼んだという地名由来がある。ただし、当地の伝説によれば、赤城山の神が大蛇に、男体山の神が大ムカデに化けたとされる。そもそも赤城山では大蛇信仰が強く、赤城神社の祭神は、古代、赤城山の龍神に助けられ、その後を継いだ豪族の娘・赤城姫ともされる。一方、三夜沢の赤城神社には、藤原秀郷が植えたという「俵杉」があるが、秀郷には琵琶湖・竹生島の龍神の依頼で、三上山の大ムカデを退治したという伝説がある。北関東の「ラグナロク(北欧神話における神々の最終戦争)」の謎に迫る。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之五拾六 東京にも残る古代の石神信仰 ルーツは諏訪に
- 東日本に残る古代信仰「石神」、その根源は諏訪の「ミシャグジ神」にあった
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
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ストーリー
高橋御山人が毎日通る道沿いに鎮座する、東京都板橋区の天祖神社。その境内には「天孫降臨の頃」より存在したという男根型の石「おしわぶきさま」が祀られている。それは柳田國男の「石神問答」で指摘された、古代より東日本に広がっている「石神」である。そこからそう遠くない、練馬区石神井の石神井神社には「神代以前の石剣」を御神体とする石神井神社があるが、この石神井という地名も「石神」信仰に由来するものという。そして、各地に残る石神信仰のルーツを遡って行くと、諏訪の土着神「ミシャグジ神」の信仰へと辿り着く。それは、精霊崇拝的な原始信仰であり、近代以前は「神長官(じんちょうがん)」の役職を世襲する守矢家がその祭祀を司った。諏訪には、記紀神話とは異なる神話も伝わっており、守矢家は、皇室と同等の古さを誇る家だという。そのような原初的な信仰を伝える諏訪の祭祀には、串刺しにした兎や、鹿の生首を大量に供える血生臭いものもあり、諏訪大社は、仏教の教理に基づき建前上肉食禁止であった中世の日本において、狩猟と肉食の許可状を発行する唯一の神社でもあった。諏訪は、縄文文化が栄えた地でもあるが、諏訪大社の狩猟との関連は、狩猟が盛んだった縄文由来のものとも言われる。「平地」とは異なる「山」の原初的信仰と、そのセンターである諏訪について考察する。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之十六 島根・奥出雲 八岐大蛇と製鉄神 トーテムの物語
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 28 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
島根県南東部、中国山地沿いの奥出雲地方は、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)神話の舞台。 鳥取県境の船通山は、高天原を追放されたスサノオノミコトが降臨した山とされる。 山中の鳥上滝は、出雲一の大河・斐伊川の源流で、八岐大蛇の棲み処だったと伝わる。 八岐大蛇の神話には様々な解釈があるが、その一つが「治水神話」である。 暴れ川である斐伊川を見事に治めたのが、スサノオノミコトだというのだ。 蛇や龍は、世界中の神話で水を司るものとされている。 「製鉄神話」や「征服神話」とする説もある。八岐大蛇の尻尾から、三種の神器の一つ、 天叢雲剣が出るが、これは当地の土着民を降し、鉄資源と生産を得た物語なのだという。 中央で編纂された記紀神話にある八岐大蛇退治も、出雲で編纂された風土記にはない。 これは、征服者に魔物とされた存在も、被征服者にとっては祖神であるからともいう。 さて、奥出雲地方は、古より製鉄の盛んな土地で、今もたたら製鉄を行う場所がある。 「金屋子神(かなやごかみ)」を祀る神社の総本宮、金屋子神社もあり、 全国の鉄山師の信仰を集めた。今も境内に数多くの鉄滓が置かれている。 金屋子神は、死の穢れを好むなど、通常の神道の常識とは大きく異なる信仰を持つ。 片目・片足の神や魔物などは、過酷な製鉄に従事し障害を負った民が、 ...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之参拾七 岡山・吉備路 鬼と鉄と巫女が教え導く「運命」
- 「桃太郎」が討った「吉備王国」の鬼が、巫女に鎮められて人の「運命」を教え導く
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 30 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
岡山市の吉備津神社は、備中一宮。祭神の吉備津彦命は、大和朝廷の黎明期、全国平定の為に派遣された「四道将軍」の一人だが、当地では「温羅(うら)」という鬼を退治したと伝わり、昔話「桃太郎」のモデルとされる。境内には、拝殿や本殿とは別に「御釜殿」という建物があり、その鳴り具合により吉凶を占っている。斬られても唸り続ける温羅の首を鎮める為、温羅の妻・阿曽媛(あぞひめ)に、その上で神饌を炊かせたのが起源とされ、阿曽媛の出身地・阿曽郷から選ばれた「阿曽女(あぞめ)」が、今に至るまで仕えている。阿曽郷は、古くから製鉄を生業とした地であり、温羅の居城とされる鬼ノ城(きのじょう)の麓でもあるのだが、その鬼ノ城は、「朝鮮式山城」と呼ばれる、古代に築かれた城跡だ。その他数多くの伝承地があるが、それは同時に古代遺跡であることも多い。そもそも、一帯には数多くの古墳が存在し「吉備路」と呼ばれる観光地となっている。温羅伝説とは、古代、製鉄で栄えた「吉備王国」が朝廷に討伐されたことを伝えるものらしい。その伝承の中心地・吉備津神社は、盛池雄峰、高橋御山人両名の「人生の分岐点」でもあった。「まつろわぬ」鬼と鉄と巫女とが「運命」を教え導く神社の思い出を語り合う。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之九拾五 京都・粟田口 昔も今も刀剣に神宿る
- 能から女性向けゲームまで!伝統文化とサブカルチャーが交錯する日本刀の聖地
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 31 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
京の出入口「京の七口」の一つとして、古くから知られた粟田口。京都盆地東端のこの地は、古代、五代孝昭天皇の子孫・粟田氏が鉱物採取や粟、瓜の生産を行ったという。平安時代には、清和天皇の勅により、祇園の八坂神社の疫病鎮めの神・牛頭天皇を祀る社が建立された。八坂神社は感神院とも呼ばれた為、こちらは感神院新宮と呼ばれたが、これが現在の粟田神社である。鉱物資源に恵まれていた為か、粟田口近辺には、古より刀工が数多く住んでいた。その中でも代表的なのが、平安時代の三条小鍛冶宗近と、鎌倉時代の粟田口藤四郎吉光で、古代からの製鉄の神・天目一箇神とともに、境内の末社・鍛冶神社の祭神となっている。特に、三条小鍛冶宗近は伝説的な存在で、一条天皇の宝刀「小狐丸」は、稲荷明神が化身した童子が合槌を打って完成したといい、その稲荷の神は、粟田神社境内摂社の北向稲荷神社や、粟田神社と三条通を挟んだ向かいに建つ合槌稲荷神社に鎮まるという。この伝説は、謡曲「小鍛冶」の題材となっていて、能や神楽、歌舞伎等の伝統芸能を通じ広く知られて来たが、近年、名刀を美男子として擬人化した「刀剣乱舞」でも取り上げられ、若い女性にも三条小鍛冶宗近の名が知られるようになった。今も昔も、「刀剣に神が宿る」地、粟田。ここに伝統文化とサブカルチャーの交錯を見る。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之四 山形・秋田県境 鳥海山の荒ぶる「物忌」の神
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- 完全版
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ストーリー
東北の日本海側に聳える二千メートル級の独立峰・鳥海山。 その神を祀る、ただならぬ名を持つ大物忌神社は、 出羽国一の宮であり、古くから朝廷に重んぜられて来た。 そこには、一体どんな背景があるのか。 ○鳥海山は、度々噴火を繰り返して来た活火山であった ○出羽の蝦夷は屈強で、なかなか朝廷に従わなかった ○火山と蝦夷、これら「荒ぶる」存在を鎮めるという意図があった ○手長足長という、「まつろわぬ民」を彷彿とさせる妖怪の伝承も 手長足長という妖怪は、羽前・羽後国境の有耶無耶関にあって人々を悩ませ、 大物忌神が天より火を降らせて滅ぼしたとも、慈覚大師が法力で退治したともいう。 この関を越えて行った松尾芭蕉は、松島と同じような象潟の風景に魅せられた。 多数の小島が浮かぶ象潟は、鳥海山の噴火に伴う地震によって隆起して陸地となった。 このほか、周辺の土地には、いくつもの注目すべき史跡や伝承がある。 ●麓の沿岸には、「なまはげ」で有名な男鹿と対になる、女鹿という地名がある ●女鹿の近くには、荒磯に刻まれた巨大な石仏群、羅漢岩が立ち並ぶ ●沖に浮かぶ飛島は、鳥海山の頭が飛んで行って出来たと伝わる ●その飛島には、小物忌神社が建ち、蝦夷が住んだという人骨の見つかった洞穴もある 万年雪の斜面を踏み越え、荒ぶる神の住む山に挑み、 ...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之十五 奈良・飛鳥 文化揺籃の地の 巨石と性の信仰
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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ストーリー
奈良県の飛鳥地方は、古代に都が置かれた、日本文化揺籃の地。 そこは、著名な石舞台古墳をはじめ、数多くの巨石構造物が残る地でもある。 それらのうちの幾つかは、大洪水の伝承や、ゾロアスター教の拝火台説など、 使途不明で、奇妙な言い伝えが残る、謎に包まれたものも少なくない。 そんな飛鳥の中心地に「飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)」が鎮座する。 飛鳥に都が置かれる以前から当地に鎮座する、出雲系の極めて古い神社であるが、 境内には数多くの男根と女陰の形の石が祀られており、飛鳥巨石文化の一部を成す。 この神社に伝わる「お田植祭(おんだまつり)」も、奇祭として知られる。 豊作と子孫繁栄を祈るこの神事では、天狗とオカメが性行為の踊りを奉納する。 現代では、前近代的な奇習としてばかり注目されがちなこういった文化も、 かつては家や村落の存続を賭けた、真摯な祈りが込められたものであった。 何となれば「子作り」は、現代においても、人工授精・体外受精など、 先端科学の粋を集めてでも成し遂げたいと願う人々も少なくない、 「自然の神秘」に左右される、困難で切実な事象だからだ。 近代以前の、生存率の低い社会にあっては、「子作り」はまさに神頼みであった。 子のない夫婦が神に祈って超人的な子を授かるのは、民話の定番でもあるし、 ...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之八拾 パワースポット見直し論(特別対談)
- 神社の祭神は「パワー」溢れる古の人々 それを目指して自ら「パワー」を発するべし
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 31 分
- オリジナル版
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ストーリー
近年各地の神社が「パワースポット」として注目を浴び、それを目的として老若男女が参拝している。場所によっては、連日人が押し寄せ、縁結びや運気向上を願っている。あるいは「パワー」を得る為、境内の石に手を当てているような光景もまま見られる。こうした事は、近代以前からあり、神社信仰、文化の一側面ではある。しかし、それに偏重し、それをもって神社の主体のように思うのはいかがなものであろうか。神社に祀られる神々の多くは、過去実在した人物である。百社巡礼でも何度か取り上げた菅原道真公や安倍晴明公はもちろんの事、各地に祀られる氏族の祖神や開拓の祖神もそうであるし、天照大神ですらも実在の人間とする神道家もいる。そうした過去実在した人々は、皆、抜きん出た「パワー」に溢れた人々であり、だからこそ後世に語り継がれる実績を残し、神として祀られて来たのである。鬼や邪神とされた「まつろわぬ民」であっても、時代の趨勢によって敗者となっただけで、同じことである。彼らは皆、時代時代を精一杯生きて、何らかの大きな結果を出したのだ。今を生きる我々は、彼らを祀る神社でただ「パワー」を貰おうとするのではなく、彼らを畏怖し、目標として、自らも「パワー」溢れる存在となり、精一杯生きて行く必要があるのではなかろうか。神社における「パワー」の意義を再考。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之四拾四 栃木・那須 那須与一と九尾の狐 「三国一」の伝承地
- 「三国一の大妖怪」九尾の狐終焉の地は、「三国一の弓の名人」那須与一ゆかりの地
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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ストーリー
栃木県最北部の那須町には、那須湯本温泉があり、行楽地として賑わっている。その温泉の神として、古くから温泉神社が祀られている。源平屋島の戦いで、那須与一が、舟上の扇の的を射る際に祈った神でもあるという。その境内には、九尾稲荷神社もある。これは、那須に伝わる九尾の狐退治伝説に由来する。九尾の狐は、三千年に渡って転生を繰り返し、中国、インド、日本をまたにかけて悪行の限りを尽くしたという大妖怪であり、「封神演義」で有名な殷王朝最後の王・紂王を誑かした妃の妲己もその化身という。日本では、女官・玉藻前として鳥羽上皇の寵愛を受けるが、陰陽師・安倍泰成に正体を見破られて那須に逃げ、死闘の末に討たれる。しかし、その後巨石に変化し、毒気を噴いて、近付く生き物を殺したという。その石が、那須湯本の奥にある殺生石であり、一帯は温泉が湧き、硫化水素ガスが噴出して草木も生えない地獄地帯となっている。なお、玉藻前が討たれたという那須地方南東部の大田原市には、玉藻稲荷神社も建っている。その近隣には那須神社があり、ここもまた那須与一が扇の的を射る際に祈った神だという。彼は幼少の頃、この辺りに住んだと伝わる。那須地方は古より栄え、大田原には飛鳥時代の石碑をご神体とする神社もある。不可思議な伝承に彩られた、那須野の古跡を巡る旅話。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之七 高知・物部 「いざなぎ流」民間呪術の里
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- 完全版
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ナレーション
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ストーリー
「八十八ヶ所」「犬神」など、宗教文化・呪術文化の強い四国。 そんな四国の一角、高知県北東部、徳島県との県境の山間に位置する物部村に、 呪術的色彩の濃い民間信仰「いざなぎ流」が伝わる。 神道、仏教、陰陽道、修験道等、日本の様々な宗教、呪術が混交し、 明治の神仏分離以前の中世的な宗教文化が残る「いざなぎ流」には様々な特徴がある。 ○自然の神々に対する強い「畏れ」の念があり、眷属・精霊をも大切にする ○亡くなった先祖の霊に諸国の霊場を巡らせて、神へと昇格させる祭文 ○龍、花、鯛、人の顔など、バラエティに富んだ「アート」とも呼ぶべき形状の御幣 ○「式王子」など、陰陽道の「式神」に類似する儀式や概念 陰陽道を思わせる用語や儀礼の多い事は、以前から注目されている。 祖父が太夫(いざなぎ流の術師)であった物部村の女性は、 テレビドラマの陰陽師を見て、「祖父そっくり」と語った。 呪術が単なる儀礼として形骸化せず、意味を持ち続けて来たのも大きな特徴。 ●人を呪う「黒魔術」的な呪術も、いざなぎ流には伝えられている ●「黒魔術」の行使は禁忌だが、それを知らずして「白魔術」で力を発揮出来ないという ●大きな災いや神の祟りを防ぐため、力のある「黒魔術」を転用することもある ●川を挟んで太夫同士が呪術合戦を行い、水竜巻が起きたという伝承も ...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之参拾八 群馬と愛知 羊をめぐる神社の不思議
- 日本に二社のみ存在する「羊神社」 和銅と「まつろわぬ民」のミステリー
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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ストーリー
群馬県東部の安中市に「羊神社」がある。集落の外れにある小さな神社ではあるが、境内には狛犬と別に「狛羊」もあり、干支にちなんで未年には多くの参拝者が訪れる。その名は「羊太夫」に由来する。羊太夫は、秩父で日本初の銅を見つけ、その功績により、上野国に新設された多胡郡を朝廷より与えられたという。「羊」という人物に多胡郡を与えたことは、「続日本紀」や、羊神社より少し離れた高崎市内に残る「多胡碑」(日本三碑の一つに数えられる古代の石碑)にも刻まれている。伝説によれば、羊太夫には八束脛(やつかはぎ)という神通力を持つ従者がおり、その力で空を飛んで、毎日都へ上り、参内していたという。しかし、あるとき好奇心に駆られて、羊太夫が八束脛の腋の羽を抜いてしまうと、空を飛べなくなり、参内出来なくなってしまう。その為、朝敵として討たれてしまったといわれる。一方、八束脛は金色の蝶に化身して飛び去り、群馬県最北部の水上にある、八束脛洞窟に住んだという。そこには八束脛を祀る祠が建つが、弥生時代の遺跡も発掘されている。また遠く離れた名古屋市には、羊太夫が都へ上る途中で立ち寄ったという場所に、同じく「羊神社」が建つ。未年にちなんだ神社のミステリーを探る。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之参拾壱 福島・奥会津 武家の世開くドラゴン退治
- ドラゴン=機織りの女神を征服して、会津に武家時代の夜明けを告げる、蘆名氏の伝説
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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ストーリー
福島県西部、奥会津・金山町に、只見川から山一つ隔てて、沼沢湖というカルデラ湖が存在する。その湖畔に鎮座する沼御前神社は、浜姫命という、他に見られない神を祭神としている。伝説によれば、浜姫命、通称沼御前は、沼沢湖に住む雌の大蛇で、時折人に危害を加えていた。そこで、鎌倉時代初期、会津若松・黒川城(鶴ヶ城の前身)城主、佐原十郎義連(さわらじゅうろうよしつら)が、家臣を引き連れ、退治する。その首は湖畔に埋め、その霊を弔うために、沼御前神社を立てたという。以後、大蛇の霊は美女に姿を変え、湖底で機を織っていると伝わり、機織りの女神として、明治大正期には、機織りに従事する女性に熱心に信仰された。また、沼御前を退治した佐原十郎義連は、相模の豪族・三浦氏の一族で、源頼朝の挙兵に加わり、平家追討の一ノ谷の戦いでは、義経が率いた「鵯越の逆落とし」で真っ先に崖を駆け下りる武勇を見せたと「平家物語」は伝える。奥州藤原氏征伐の奥州合戦でも武功を上げ、会津に領地を与えられ、戦国時代、伊達政宗に滅ぼされるまで数百年に渡り会津を支配した、蘆名氏の始祖となる。会津に武家時代の夜明けを告げる神話的「ドラゴン退治」の伝説を読み解く。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾弐 三重・志摩 まつろわぬ別宮 伊勢の深層
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
平成25年に式年遷宮が行われた、伊勢の神宮。それが内宮・外宮より成ることは一般にも知られているが、その他に多くの別宮・摂末所管社があり、全て合わせると125社となる。由来は様々だが、その多くは、神宮創祀の際、地元の神が従って、神宮に土地の譲渡や貢納を約束する話となっている。その別宮の一つ伊雑宮が、志摩市に鎮座する。この伊雑宮は、伊勢から離れたリアス式海岸に近いという地理的条件もあって、別宮の一つでありながら、独立的傾向が強かった。明治の神仏分離を経てもなお、北極星の信仰に関わる祭祀が続けられ、江戸時代には、伊雑宮こそが神宮の発祥、中心であるという偽書の発行に関わり、幕府より弾圧を受けるという「まつろわぬ」歴史もある。そもそも伊勢とは、神話の時代に遡れば「まつろわぬ」土地だった。また、中世においても「まつろわぬ」ものの噴出する土地であった。朝廷、国家の宗教的中心地に、なぜ「まつろわぬ」要素があるのか。事象の「裏側」から見た、伊勢というものの深層を掘り下げる。語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之六拾七 吉備から大和へ 物部の司る石上神宮の遷座
- 神事と軍事を司る物部氏が神剣の神霊を祀る石上神宮は、吉備より遷されたものだった
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 31 分
- オリジナル版
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ストーリー
奈良県天理市の石上神宮は、大和朝廷に重んぜられた、極めて古い歴史を誇る神社である。主祭神は、天孫降臨前の国津神の平定や神武東征で使われた、神剣・布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)に宿る神霊とされ、その祭祀は、神事と軍事を司る物部氏が行っていた。明治に禁足地を調査したところ、古代の七支刀が発見された事でも知られる。祭神の一柱には、スサノオノミコトが八岐大蛇を斬った剣も含まれているのだが、一方で、日本書紀には八岐大蛇を斬った剣は吉備にあると書かれ、古語拾遺には後に石上神宮へ遷されたとある。その吉備の、剣があったという場所に建つのが、岡山県赤磐市の石上布都魂神社である。この神社の社伝によれば、八岐大蛇を斬ったその剣こそが、布都御魂剣という。岡山県の山間部に鎮座するこの神社は、山の麓に建つが、かつては山頂に社殿が営まれ、今もそこには大きな磐座がある。そこは石上神宮と同じく、禁足地となっている。神社の宮司は、今も物部姓だ。この近くには、弓削という地名もある。弓削の名が付く地名は全国にいくらかあり、それは道鏡を輩出したことで有名な古代の氏族・弓削氏の住んだ場所であるが、弓削氏とはその名の通り武器製作を生業とした民で、物部氏の一派であった。神話に遡る石上の信仰と、磐座の祭祀。古の人々が重視した「石」の意味に迫る。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之壱百 青森・十三湖 「まつろわぬ」はじまりの地
- 高橋御山人の「まつろわぬ旅」は、偽書曰く「まつろわぬ国」建国の地よりはじまった
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 30 分
- オリジナル版
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ストーリー
津軽半島北西部、日本海と繋がる十三湖は、古くは十三湊と呼ばれ、中世には日本の十大港湾に数えられる程に繁栄した。ここを拠点とした安東氏は、北海道にも進出し、和人とアイヌとの間の交易を取り持った(本シリーズ其之参拾参参照)。安東氏が南部氏に津軽を追われた後は衰えたが、大規模な宗教施設の遺構が発見されている山王坊日吉神社など、往時を偲ぶ神社仏閣や遺跡が、周辺に多数残っている。安東氏は、後に秋田氏となり、奥州三春藩主として明治まで続いているが、特異な家系伝承を伝えており、前九年の役で討たれた安倍氏、さらに神武天皇に討たれた長髄彦の兄・安日まで遡るという。相内の神明宮は、かつて長髄神社と呼ばれ、長髄彦を葬った場所とも言われる。境内には縄文時代の貝塚があり、人骨が発見されている。昭和末期には、こうした伝承を過剰に膨らませ、古代の日本には西の大和朝廷に対する東の荒吐王国があったとする「東日流外三郡誌」が発表され、学界に騒動を巻き起こした。本書は科学的に偽書である事が確定しているが、一方で本書により古代の東北、津軽が脚光を浴びたのも事実である。それは、高橋御山人の生涯にも強い影響を及ぼした。偽りであっても、絶大なパワーを持つ「コンテンツ」には違いないのである。「パワーを発する」コンテンツ・百社巡礼、ここに完結!
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之十四 青森・東北町 まつろわぬ象徴 「日本中央碑」
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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ストーリー
本州の北端近く、下北半島の付け根近くに位置する、青森県東北町。 ここには県内最古級の歴史を誇る、千曳(ちびき)神社がひっそりと鎮座する。 日本神話には「千曳の岩」というものが登場する。死した妻・イザナミを求め、 冥界へ下った夫・イザナギが、醜く変わり果てた妻から逃げて、 怒り追って来た妻を足止めする為、この世とあの世の境界に置いた岩である。 即ち、「魔」を入り込ませぬ為の境界防衛の岩であり、「塞の神」「道祖神」として、 村落の入口などを守る神として崇められた。千曳神社の神格も同様である。 ただし、この北辺の地にあっては、単なる村落の防衛が目的ではなかった。 ここは朝廷の勢力が辛うじて及ぶか及ばないかという地域であり、 蝦夷(えみし)を「魔」として、「魔」を祓い、朝廷を守る目的があった。 ゆえに、神社の創建は、征夷大将軍・坂上田村麻呂によるとされる。 そして、坂上田村麻呂がこの地に来て、「日本中央」と岩に刻んだという、 奇妙な伝説が、平安時代に生まれ、都の貴族らの歌に詠まれた。 その岩が、千曳神社の社殿の下に埋められていたというが、いつしか行方不明となる。 明治天皇の行幸時、政府の命令により捜索されるも見つからなかったその岩は、 戦後になってから、偶然発見され、今は近くの施設にて保存されている。...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之九拾九 三重・斎宮 最高位の巫女 斎王の真実
- 古、皇族女性より選ばれ、伊勢の神宮に仕えた斎王。その衝撃的な真相とは?!
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 31 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
朝廷には、かつて「斎王」という制度があった。天皇の即位に伴い、その在位中、未婚の皇族女性が最高位の巫女として、伊勢の神宮に仕えるものである。起源は、朝廷黎明期、宮中より天照大神を遷し、皇女・倭姫命が遍歴の末に伊勢に祀ったという神宮の創建伝承にあるが、歴史的に確実に遡れるのは、天武天皇の治世である。最盛期は平安時代だが、平安後期には衰退し始め、後醍醐天皇の治世を最後に断絶した。斎王は、年数回の祭典の他は、神宮の十数キロ北西に居住し、その御所は斎宮と呼ばれた。遺構は現在の三重県明和町で発見されていて、非常に広大である。その核心たる斎王の御座所のあった内院は、現在、竹神社が鎮座するあたりにあった。当神社は神宮鎮座以前から当地にあった豪族の祖神を祀り、子孫は竹連といい、斎宮は「竹の都」とも呼ばれた。斎王は、当然ながら身を清浄に保つ事が重視されたが、かといって常に厳格な暮らしをしていた訳でもない。斎宮は文学サロンとして賑わっていたし、当時の文学作品にも登場する。「伊勢物語」に至っては、在原業平と斎王のスキャンダルが仄めかされている。腐敗した斎宮頭を「神託」を通じ糾弾したせん子女王のような斎王もおり、詳細に見れば見る程、現代的な「巫女」のイメージとは異なる存在である事が分かる。古代の朝廷における神道祭祀の核心を探る。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之九拾弐 阿波に眠る水の女神・アマテラス
- 五角形の祭壇を頂く古墳を拝む阿波一宮は、天照大神の葬儀を伝える
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 34 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
諸国において最も格式が高い神社とされる一宮だが、時代による変遷等の影響で、一国に複数存在する場合もある。阿波国には四社存在し、その一社、大麻比古神社は、当シリーズの第弐拾五社「阿波から安房へ 神祀る忌部と聖なる『大麻』」で紹介した。今回取り上げる八倉比売神社(やくらひめじんじゃ)も、阿波一宮の一社である。当社は、徳島市西方の杉尾山に鎮座するが、麓には阿波史跡公園があり、縄文時代から中世にかけての巨大遺跡が存在する。徳島有数の古墳地帯で、「国府町」の地名の通り、阿波国府があった場所でもあり、古代、繁栄した地であった。社殿は、前方後円墳の前に立っており、その古墳は「奥の院」と称され、上にこの地域の特産「阿波の青石」で築かれた、五角形の祭壇が鎮座している。また、当社に伝わる古文書には、何と天照大神の葬儀の様子が事細かに記されている。これらを踏まえ、当社の古墳こそが、邪馬台国の女王・卑弥呼の墓とする説もある。さらに、折口信夫によれば、天照大神は三種に分かれるが、阿波ではその一つ、水の女神として信仰されているという。、すぐ近くに五角形の井戸を持つ「天乃真名井」があり、かつては社殿の瓦に龍の浮彫があったなど、水との関わりは深い。特異な「神の死」伝承の意味を考える。(カバー画像のイラストは日本神話と邪馬台国を題材とする小説「ラスト・シャーマン」の著者・長緒鬼無里氏による。同作品には高橋御山人の解
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之十 長野・鬼無里 鬼女紅葉の里 古の巫女の残り香
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- 完全版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
長野県最北部の谷あい、長野市鬼無里に鎮座する加茂神社。 都より流されて来た「鬼女紅葉」が、京を偲んで建てたとされる。 彼女は能「紅葉狩」に登場する美女で、鬼無里の隣、戸隠の岩屋に住んだという。 伝説では、盗賊達の首領となり、朝廷の将軍と妖術をもって戦い、討たれたといい、 悪の親玉、まさに鬼女のなのだが、鬼無里には全く違った伝承がある。 ●都から流されて来た紅葉は、京の文化を鬼無里へもたらした ●呪術に長けた紅葉は、その力で村人の病気を治した ●紅葉が都を偲んで付けた、京にちなんだ地名が、多数残っている ●紅葉が住んだ家は「内裏屋敷」と呼ばれ、今に至るまで慕われて来た 鬼無里には、鬼女紅葉伝説以外にも、不思議な伝説が数多く伝わる。 その中でも出色なのが「遷都伝説」。日本書紀に、天武天皇の信濃遷都計画が載るが、 それを伝える地名が数多く残り、その悉くが鬼女紅葉由来の地名と重複する。 さらに、県内近隣には、紅葉という名の山姥が子の金太郎を育てたという山も。 山姥とは、山に住む女性シャーマンとの指摘もある。鬼女紅葉とは、何者なのか。 ○天鈿女命や卑弥呼、土蜘蛛など、古代日本の宗教では神懸る巫女が重要視された ○女性シャーマンの系譜は、漂泊の巫女、芸能者、遊女へと受け継がれた ○呪術を駆使し漂泊の芸能者でもある紅葉は女性シャーマンそのもの ...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之七拾 酒は神の賜物 過ぎれば祟る(断酒記念対談)
- 酒は本来神事で飲む貴重なもの。やたらと飲めば依存症となり祟る。警世の対談。
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 34 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
百日以上の断酒を継続している、盛池雄峰。そのきっかけとなったことの一つが、高橋御山人の「まつろわぬ神と民について書くのに、まともに働いていては人生の残り時間が足りない」という言葉だった。戦前、殊に近代以前においては、多くの人は経済的にさほど豊かでもなく、日々やらねばならない事に追われ、忙しかった。そんな中、たまの祭で飲む酒は、貴重であり、共同体の一員として、神と一体となる為のものであった。しかし、機械化・自動化が進んだ現代では、少なくとも五十年、百年前よりははるかに物質的に豊かになり、時間も出来て、安価に大量の酒を入手出来るようになった。その結果、かつて酒が持っていた神聖さはすっかり失われ、多くのアルコール依存症者やその予備軍を生み出すようになってしまった。「神の賜物」であったはずの酒が、「祟り」を成してしまっているのである。神との一体化は「非日常」だからこそ恩寵なのであり、それが「日常」化したら、神に祟られてしまうのだ。断酒を通じて、そうした真実が浮き彫りになって来たのであった。現代の病理となりつつあるこの問題を前に、神社や神事を通じ、酒を捉えなおすことが、今後必要とされるであろう。人の一生も「神の賜物」である。その貴重な人生を、浪費し棒に振らない為に、酒の本義を問い直すべし。警世の特別対談。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之七拾八 福島・棚倉 土蜘蛛、サンカ 物語が紡ぐ明日
- 土蜘蛛の姫、日本武尊の征伐、「神」の名を冠す生き残り、サンカ。奥州一宮の物語。
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 30 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
福島県南部の棚倉町に建つ都々古別神社は、陸奥国一宮。棚倉には、馬場、八槻の二ヶ所に都々古別神社があるが、どちらも奥州一宮である。奥州では、はるか北に位置する宮城県塩竈市の鹽竈神社も一宮であるが、これは時代による朝廷勢力圏変遷の影響で、当地はより古い時代の中心地であったと思われる。それを窺わせるのが、近隣の建鉾山で、古代の祭祀遺跡が発見されているが、この建鉾山こそが両都々古別神社創建の地であり、日本武尊による東征の際、ここに鉾を立てて神を祀ったとされる。陸奥国風土記逸文には、その時の様子が詳しく記されており、太古、この地には八人の首長に率いられた土蜘蛛がいたという。そのうち二人は姫の名を持つ女性であった。この土蜘蛛は強大で、朝廷側の国造を敗走させる。そこで、日本武尊が官軍とともに征伐に来るのだが、土蜘蛛は津軽の蝦夷と共謀し、砦に多数の弓を連ね張って、官軍は手を焼く。しかし日本武尊が放った八発の矢は、見事八人の首長を射抜き、それらは全て根付いて芽が生え、槻の木になった。そこでその地を八槻と呼んだという。また、八人のうち「神」の名を冠す二人は許されて(うち一人が女性)、子孫が当地に住むと書かれている。その棚倉で、御山人は偶然にも「サンカ」が営む店を発見!「今」を生きる人々にとっての古の「物語」の意味を考える。
著者: 高橋 御山人